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「偉いね。茅ちゃん朝弱いのに」
眼鏡、いつからだったっけ。切れ長の眼を覆うレンズを見据えながら、茅乃は場違いなノスタルジーに浸る。
上の方だけふわりと空気を含んだ黒髪に、控えめに生えた襟足。桜色に潤う薄い唇。昔から変わっていないものも確かにある。でも、学年を跨ぐたびに間違い探しをしてしまうのは、小さかった彼の残像を惜しんでいるからだろうか。
早坂 霞。器用に退路を塞ぐこの男は、いわゆる幼なじみの腐れ縁。しかし目の前の微笑には、幼さひとつ垣間見ることはできなかった。
ただ、ひとつだけ。
「うるさい。で、今日学校は?」
「行くさ、もちろん」
首元を締め付けるえんじのネクタイは、数少ない彼の幼さを象徴している、と言えるだろう。だって、社内で見掛けるそれとは違って、どこかあどけなさを漂わせているから。
「ふぅん。ちゃんと用意してきたんだ」
「そりゃあね、はじめから泊まる気だったから」
「……ばーか」
やっぱり、昨日のアレは夢じゃなかったんだ。茅乃はより痛みを増した頭を押さえながら、腕の下を潜ろうと試みる。が、
「ちょっ……?!」
「はじめから告うつもりだったよ」
霞の長い腕がくるりと腰に巻き付いて、身動きが取れない。
細身なところは変わらないのはずなのに、どうして力だけはこんなに……。茅乃は唇を噛みしめながら、腰に当てられたぬくもりに胸を締め付けた。
薄い布地から伝わるこの低体温は、否が応にも昨晩の出来事を思い出させてくるからだ。
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