〔1〕Can't remember It.

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 ————……  昨日、日曜の夜九時を回った頃。スマホが同期からのメッセージを通知した。 <そういえば私、販企に異動になるみたい。泣>  話の流れを堰き止めるそのたった一行に、思わず目を瞠った。 <慣れるまで大変だね。頑張って>  ……なんで私じゃないのよ。  唇を噛み締めながら心無い返信を終えた後。茅乃はストックしていた缶チューハイを「くそぉっ」という号令に合わせ、勢いよく開けた。  喉にアルコールが張り付く。しかし中心に皺が集まるのは、強炭酸のせいだけではない。ずっと打診していた販売企画部への異動、そして、来月退職が決まった同部の若手。  ポストにつくのは、絶対に自分だと思っていたのに——希望すら出していないあの子が。仮病を平気で使うような同期が、どうして選ばれたのだろう。 「てゆーか、なんで人事(わたし)より先に知ってんのよ」  ゴクッ。ゴクッ。七度の酒に視界が溺れていく。  ジョブローテーションだなんだと聞かされながら早三年。いずれにしろ、この契機を逃したら、販企に行けるときなんてもう何年あとかも分からない。人事部で培った人間関係で、根回しは完璧だったはずなのに。  茅乃は歪んだ視界に、河津桜(カワヅザクラ)が舞う三月のカレンダーを捉える。販企のもとで作られた販促用のカレンダーだ。 「ふん……河津桜は二月が見ごろですよー、だ」  旅行代理店のくせに。企画のくせに。ばーかばーか。  ソファの上、へたる身体を横たえる。渦巻く嫉妬と羨望は、アルコールとともに濃くなっていった。  それに、どうして今日なのよ。
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