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茅乃は再び身体を起こしながら、カレンダーの一点に注ぐ。三月十八日。
「ハイハイ。もう二十五ですよ」
ゴクッ……ゴクッ。
唇の隙から漏れたのは、しがない独り言とアルコール。袖で拭おうとしたけれど、寸前で手は止まった。今日の昼に買ったばかりのルームウェアを着ていたからだ。
我ながら、殊勝すぎる。自分からのプレゼントも。重たい腰を持ち上げて、流しへ向かう自分自身も。
ピンポーン──
チャイムが鳴り響いたのは、なんとなく、涙腺が緩んできたときだったと思う。茅乃は唇と目頭を冷やした後、ようやくインターホンに手を伸ばした。
「どうしたの、こんな遅くに」
カメラに映った見慣れた佇まいを確認し、警戒心もなくドアに体重を掛ける。瞬間、反動で弱った視界がぐらりと揺れた。
「お、っと」
あれ……外に居たのは霞のはずだったのに、おかしいな。扉の前に居た彼に、抱き留められながら思い伏せる。
「酒だね」
「……うん」
しばらく触れないうちに、また育っている。
茅乃は小さく頷きながら、細くも力のこもった腕を経由して霞を見上げた。首元に、えんじのネクタイがぶらさがっていた。
「なんか嫌なことでもあった?」
「えぇ?なんでよー」
「……ハァ。とりあえずお邪魔するよ」
肩を抱えながら、器用に靴を脱いで上がり込む霞。年下の、しかも八コも差のついた幼なじみに介抱される様はさぞ滑稽だったのだろう。
「ぷっ、はははははっ……!」
姿見に映った二人の図に失笑したのを、うっすらと覚えている。
「はい、いいから座って。水飲むよー」
霞の、妙に冷静で慣れた物言いも。
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