〔1〕Can't remember It.

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 おまけに腕も足も長い。同じ学校の女子は放っておかないだろうな、と誇らしげに頷いていた。——直後のこと。 「茅ちゃんの言う通りだ」 「は?」  手を掬われ、気付けばキッチンの壁に追いやられていた。いわゆる壁ドンだ、と悟ったときには、指の隙間に爪を立てられていて。 「ちょ……そこ、くすぐっ、」 「ん、なに?」  幾度も指と、指の間ををなぞるように遊ばれていた。 「わ、わたしっ、何かした?」 「えぇ、何かって?」  だって霞は不機嫌なとき、いつもそうやって笑うじゃない。小首を傾げて、気味悪いくらいに目を細めて。  嫌がらせのように指をくすぐっているのも、抵抗できないように壁に張り付けているのも、きっと何かの仕返しに違いない。茅乃は酔わされた思考を必死に巡らせながら、奇怪な笑みを睨みあげた。 「んっ……ダメ、だって」  時折、不覚にも吐息が漏れる。そしてしばらく沈黙した後、彼の喉が大きく鳴った。 「へぇ、可愛い声。聞いたことなかったな、俺」 「か、らかわないで……っ」  締まったはずの涙腺が、またもや緩んできた頃。霞はようやく指を解放した。 「……これは保てないな、さすがに」  と、わずかに視線を落としながら。 「何のつもり」 「うん、少し苛めたかっただけ。茅ちゃんはほんとに、俺のこと解ってないみたいだから」  あやふやな記憶を辿る。確かに『霞のことはわからない』と豪語していたな、と思い出す。しかし、だからといって揶揄われる意味は見出せない。  逃げ場のない空間と、恋人繋ぎのように絡められる指に、茅乃は一層眉を顰めた。
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