第1話

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「なあなあ、さっきのあの子、なんで泣いてたの?」 「……」 「遅刻? 掃除さぼった? 教室でパス練して窓ガラス割った?」 それ、ぜんぶ間中(まなか)くんのことじゃん── というつっこみは心のなかだけにして、私は早足で教室へと向かう。 もちろん、うるさいクラスメイトを振り切るため。 なのに、間中くんはよゆうでついてくる。 悔しい。腹立たしい。 でも、身長差はどうにもならない。 私、153センチ。 間中くん、170センチくらい。 これじゃ振りきりたくても振りきれないのは当然だ。 「着いたー! 佐島(さじま)、宿題!」 「貸すなんて言ってない」 「ええっ、なんでだよ!? 佐島、絶対やってきてるだろ?」 そのとおり。 でも、だからといって貸さなければいけない義理はない。 そもそも── 「間中くん、なんで宿題が出るかわかってる?」 授業内容の復習のためだよ? 学んだことを、もう一度頭にたたき込むためのものだよ?  「なのに人のノートを写すとか、それじゃ宿題の意味がぜんぜん──」 「わかったわかった、わかったから!」 間中くんは、私の言葉を雑にさえぎると、パチンと音をたてて両手を合わせた。 「次からはちゃんとやってくる! 絶対やってくる! だから今日だけ、おねがいします、佐島様!」 「……それ、先週も言ってたよね」 嫌味を言いつつも、机のなかから数学のノートを取りだす。 こんなの、絶対間中くんのためにならないけど、もう知らない。 次のテストで痛い目にあえばいいんだ。 「授業がはじまる前に必ず返して」 「わかった! ソッコー写してソッコー返す!」 ノートを受け取るなり、間中くんはビュンッと席に戻った。 ああ、やっと静かになった。早く次の授業の予習をしないと── 「どうしよう……山根先輩、超かっこいいんですけど」 「手ふったら気づいてくれるかな?」 「ふっちゃう? 思いきってふっちゃう?」 ──またもや雑音。今度は、後ろの席の女子たちだ。 話題の中心は、中庭にいる3年生のこと。 体育祭で応援団長をやっていた人だから、顔だけはなんとなく覚えている。 (手を振りたいなら、さっさと振ればいいのに) なんで、実行にうつさないんだろう。 手を肩の位置まで挙げて、左右に揺らすだけ。 ケガでもしていないかぎり誰にだってできる。 (ほんと、バカみたい) こっそりため息をついて、開いたばかりの教科書に目を向ける。 でも、ひそひそ声って案外よく聞こえるものだ。 「山根先輩、カノジョいるって噂だよ?」 「あ、聞いたことある。バレー部の部長でしょ」 「えっ、私は吹奏楽部の池沢さんって聞いたけど……」 それはない──とつっこんでしまうあたり、やっぱり予習に集中できていないらしい。 ああ、もううんざり。 他人の噂話なんてどうだっていいのに。 (しかも、みんな恋愛のことばかり) 小学生のころから、ずっと思ってた。 みんな、恋愛話が好きすぎ。 恋愛のことで悩みすぎ。 でも、ここまでうんざりするようになったのはそれなりに理由がある。 なんといっても、我が家には──
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