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ドアの向こうから聞こえてきたやわらかな声。
どうぞ、と返事をすると、見知った顔がひょこっとあらわれた。
「よかった。おじゃまします」
「結麻ぁ……っ」
結麻ちゃんの姿を見るなり、お姉ちゃんは勢いよく抱きついた。
「聞いてよ、結麻。私、またフラれたんだけどぉっ」
「そうなの? 大変だったね」
「それ! ほんと大変だったの! しかも、ただフラれただけじゃなくてさ、もうほんと超最悪で──」
一方的すぎるお姉ちゃんのおしゃべりを、結麻ちゃんは「うんうん」とうなずきながら聞いている。
すごいな、天使か。
ここに天使がいるよ、神様。
いとこの結麻ちゃんは、お姉ちゃんと同じ3年生なのに、いつも落ち着いていて、すごく優しい。
しかも美人だ。「吹奏楽部の池沢先輩」といえば、誰もが「ああ、あのきれいな人」っていうくらいの美人。
「それでさ、私がめちゃくちゃ傷ついてるのにさ、友香ってばぜんぜん話を聞いてくれなくて……」
──おっと、いつのまにか私が悪者になってる?
「ふつう、こういうときってなぐさめてくれるものじゃん? なのに私のこと『学習能力がない』とかバカにしてさ」
「そんなの、お姉ちゃんが先にバカにしてきたからでしょ」
「そんなことしてない!」
「したよ! 私のこと、初恋もまだで異常だって言ったじゃん!」
とっさに言い返したあとで、ドキドキした。
だって、結麻ちゃんにまで「え、まだだったの?」って笑われたらさすがに落ち込んでしまいそうだったから。
(結麻ちゃんには笑われなくない)
お姉ちゃんが私の反面教師なら、結麻ちゃんは憧れの人。
これまで何度「結麻ちゃんがお姉ちゃんならよかったのに」って思ったことか。
でも、さすがは結麻ちゃん。
私の恋愛事情を聞いても、ふわっと微笑んだだけだった。
「トモちゃんの一番は本だもんね」
そう──そうなの!
「読書が好きなの! 本が一番なの!」
だって、面白い本って何度読んでも面白いでしょ。
いつもわくわくどきどきさせてくれるし、読み返すたびに新しい発見があるし。
でも、恋愛は薄っぺらだ。
どんなに好き好き大好きっていったところで、そんなのどうせ一時的なこと。
うちのお姉ちゃんがいい例で、今は「フラれた」って大騒ぎしてるけど、どうせ3日もすれば、また新しい人を好きになっているはず。
もちろん、私だってぜんぶの恋愛を否定するつもりはないよ?
「結婚」ってゴールが見えている恋愛なら、ぜんぜん有り。
つまり、大人が恋愛するのは否定しない。
そういう小説も、読んだことがあるし。
でもさ、中学生が恋愛する意味ってある?
どうせすぐに心変わりするのに?
薄っぺらい恋しかできないのに?
思うに、中学生の「好き」なんて、しょせん大人のまねごとなんだよ。
3年生の目立つ人たちが、ちょっとパーマをかけたり、色つきリップを塗ったりするようなもの。
かといって、真剣な恋をした場合、それはそれでろくな結果にならないでしょ。
たとえば、かの有名な「ロミオとジュリエット」。
たしか、ロミオは高校生くらい、ジュリエットは中学生くらいの年齢だったはずだけど、あれなんてまさに未成年らしいあさはかな結末じゃん。彼らが大人だったら、きっとあんな勘違いで死んじゃうこともなかったのに。
そう、子供が恋愛するとろくなことがない。
やっぱり、恋愛は大人になって「結婚」を考えてからするものだよね?
──なんて私の一人語りも、結麻ちゃんはいつもニコニコしながら聞いてくれる。
優しい。ほんと天使。
お姉ちゃんなんて、途中からタブレット端末で動画をみはじめたのに。
ていうか、さっきまで「フラれた〜」って落ち込んでいたはずなのに、30分もしないでくだらない動画でゲラゲラ笑っているの、ほんと意味がわかんない。
「結麻ちゃんがお姉ちゃんだったらな」
「ん?」
「そしたら、おしゃべりしたいこといっぱいあるのになぁ」
「じゃあ、トモちゃん、うちの子になる?」
おっとり笑う結麻ちゃんの隣で、「友香ウザい」ってお姉ちゃんが吐き捨てる。
なに言ってんの。
お姉ちゃんのタブレット端末から聞こえてくる、わざとらしい笑い声のほうが、よっぽど耳障りでうっとおしいんですけど。
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