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これは予想外だ。
失恋が確定している恋なんて、まさに無駄の極み。
なのに、さらに好きになってしまった。
できることなら、きっぱりすっぱりあきらめてしまいたかったのに。
家に帰るなり、私はベッドに突っ伏した。
制服のままだから、スカートがしわになってしまうかも。でも、そんなのどうだっていい。今の私は、いわゆる「自暴自棄」ってやつなのだ。
けれども、ふてくされていられたのはほんの5分ほどだった。
例によって例のごとく、遠慮を知らないお姉ちゃんがノックもしないで部屋のドアを開けたからだ。
「聞いてよ、トモ! 遠野のやつ、カノジョいるんだって!」
え、呼び捨て?
一昨日まで「遠野くん」って呼んでなかった?
「あいつ、別の中学の子と付き合ってるんだって。ほんとあり得ない。やっぱ、年下はダメだわ」
ひと息にそうまくしたてると、お姉ちゃんはドカリと椅子に腰を下ろした。
もうさ、こういうの何回目だろう。いい加減うんざりなんだけど。
「懲りないね」
自分のぐちゃぐちゃも手伝って、いつもより辛辣な声が出た。
「あと3ヶ月で受験でしょ。そろそろ勉強のことだけ考えなよ」
「それができたら苦労しないっての!」
いや、できるでしょ──とは、さすがに言えない。
「恋」が思いどおりにはならないことを、今の私は身をもって知っている。
「じゃあさ、せめてもう少しゆっくり恋をしたら?」
「は? なにそれ」
「だからさ……」
お姉ちゃんって、誰かを好きになるとすぐ相手にぶつかっていっちゃうでしょ。
いきなり接近して、勢いのまま「好きです」って伝えて──それじゃ、失恋するのも当然じゃん。
「告白するなら、もっとちゃんと時間をかけなよ。まずは好きになってもらえるように作戦をたてて、『勝算ありそう』ってなってから実行するとかさ」
「えー無理でしょ。好きになったら、さっさと『好き』って言いたくなるじゃん」
そんなことないよ。少なくとも私は「うまくいく」って確信をもてないかぎり、相手に伝えようとは思わない。
間中くんが「後夜祭で告白する」って言い出したときも、最初は反対したくらいだし。
「前々から思ってたけどさ、お姉ちゃんはあさはかなんだよ。うまくいくって自信を持てるまで、『好き』って気持ちは心のなかにしまっておけば?」
そうすれば傷つくこともない。
フラれるたびに文句ばかり言って、八つ当たりすることもなくなるのに。
私の指摘に、お姉ちゃんは不満そうな顔を見せた。
「じゃあ、いつまでも自信をもてなかったら?」
「……え」
「自信がない場合は、ずっと黙っていろって言うわけ?」
「それは……」
いちおう、そういうことになるのかも。
たとえば今の私の「恋」とか、どう考えてもうまくいきそうにないから、これからも伝えることなんてなさそうだし。
「じゃあ、消えるね」
お姉ちゃんは、すっと目を細めた。
「恋なんて、伝えなきゃ自分のなかで消えていくだけだよ。どんなに一生懸命『好き好き大好き』って思ったところで、伝えなければ何も残んない」
それこそ意味ないじゃん、とお姉ちゃんは薄く笑う。
その態度にカチンときた。
そりゃ、現在私は絶賛片思い中で、自分でも認めたくないくらい「無駄の極み」って感じだけど。
それを他人に指摘されるのは腹立たしい。
いや、お姉ちゃんとしてはそんなつもりはないのかもしれないけれど──
「そんなのわかんないじゃん。何かしら残るかもしれないじゃん」
「へぇ、何かしらって?」
「たとえば、ええと……思い出とか……」
「それ、自分のなかだけじゃん。相手の心には何も残らないじゃん」
そうだけど……そうかもしれないけど……
「そんなの嫌。私は、私が好きだったことを相手にもちゃんと知ってほしい」
「知ってもらって何になるの?」
「知らないよ、そんなの。ただ、知られないのは悔しいだけ。恋して嬉しかったことも苦しかったことも、ぜんぶ私のなかだけで終わっちゃうなんてなんかめちゃくちゃムカつくじゃん」
お姉ちゃんの無茶苦茶な主張に、けれども私は反論できなかった。
だって、ちょっとだけ「わかる」って思ってしまったんだ。
私の恋は、気づいた瞬間に「失恋」が確定してしまって──それからも傷ついたり迷ったりして、一昨日なんて恥ずかしくなるくらい大泣きした。
それなのに、そんなこと間中くんは知らない。ぜんぜん知らない。間中くんの頭のなかは結麻ちゃんとサッカーのことでいっぱいで、私がどんなに恋焦がれたところで、私のための隙間はこれっぽっちもないんだ。
なるほど、それは悔しい。
ちょっと──ううん、かなり悔しいかもしれない。
黙り込んだ私を見て、お姉ちゃんはにやりと笑った。
「あんたさ、一度告白してみれば?」
「えっ……」
「好きな子いるんでしょ。だったら告白してみなって」
いや、けど──
そりゃ、悔しいって想いは確かにあるけれど。
100%、フラれるのに?
下手すれば気まずくなるだけなのに?
「いいじゃん、そのときはそのときだよ」
お姉ちゃんは、あっけらかんと答えた。
「気まずくなったら離れれば? 好きなの隠してそばにいるより、よっぽどすっきりするって」
それにさ、とお姉ちゃんは笑った。
「もしかしたら、相手の心に傷痕くらい残せるかもよ。ほら、なんだっけ──『一矢報いてやった』的な?」
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