夏、うるさくてしんどい。

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 授業中、四つ折りの小さな紙が回ってきた。     周りの背中がソワソワと揺れた。  これは、いつも見慣れた光景だった。  手元に回ってきたその小さな紙を開くことなく、隣の席に回そうとした。  宛名に書かれた自分の名前をまるで自分ではない、赤の他人のように。  用件は決まって同じ。  開いた紙には丸っこい字が並んでいて、差出人は不明。 『放課後、体育館裏に来てください。  大切なお話があります。  いつまでも待ちます。』  この紙のことはクラスの全員が知っている。  たまに字が違うのは、俺を揶揄ったイタズラなのだろうが、はじまりはイタズラではなく、この手紙の差出人は、確かに俺を待っているらしかった。  それでも。  例えどんな女子が待っていようが、俺にとってどうでもいいことだった。  気取っている訳ではない。  本当に興味がなかった。  この学校に居る女子には、誰一人として。  かと言って、男が好きとかそういうことではないからそこは誤解しないでほしい。  いや──否定はしたが、冷静になって考えると、そこに大きな違いはない。  そういうもんだ。  自分が正しい側にいれば、間違っているように見えてしまう。  そういう風に出来ている。  同性を好きになろうと、実の姉を好きだろうと、歳の離れた相手を好きになろうとも。  どれも根本は人を好きになることだ。  それは正しい道を歩む人とも、大きな違いはないのに。  ともかく、俺は。  たまたま正解が出来てしまったこの世の中で、間違いとされる側に立ってしまった──それを何年も前に自覚してしまった。    世間体とか常識とか、そういう周りにある正しいものは、間違いを排除しようとするのだ。  だから、俺はいつしか、誰にも迷惑を掛けないように。静かに、自分さえ騙すように、感情を押し込めて押し殺して生きてきた。  気持ち悪いと思っただろう。
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