夏、うるさくてしんどい。

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「美味っ……」  熱海土産のプリンが口の中で広がる。  カスタードとミルクの優しい香り。  ほぐれてとろけて塞がった喉にも流れ込んでくれる。  昨日は何も口にしなかった。適当に腹がいっぱいだとか言い訳を付けて、部屋に閉じこもっていた。折角、姉ちゃんが作ったハンバーグを俺は無駄にした。  翌日旅行から戻った父と母に心配を掛けまいと今日の夕飯は少し口にしたが、喉が詰まるようだった。 「美味しそう、私のは?」  風呂から上がった姉ちゃんは長い髪をタオルでわしゃわしゃしながら言った。風呂上がりの石鹸の香りがした。 「そういえばあんた具合はもういいの?」  一言も具合が悪いと言っていないのに。  そう思った俺は、ギクリとほんの僅かに肩を上げてしまったと思う。 「別に──具合なんて悪くないし」  顔を背けたところで俺は冷蔵庫を指差した。 「あ、そう」  キッチンへ向かった姉ちゃんの後ろ姿を横目で追いながら俺は口火を切る。 「そういや昨日さ、姉ちゃんの友達がいっぱい来た」  夕飯の食器を洗う母さんに向かって言うと、姉ちゃんは慌てて振り返ったところで「そんで、男も来た」と付け加えると俺の隣に座る父さんはピクリと肩を上げた。  俺は今まで一度も姉ちゃんの悪行を親に言いつけたことがなかった。だからか、姉ちゃんは想像以上に慌てていた。 「陸人ってやつ」 「陸人くんって──生徒会長の?」 「母さん、知ってんの?」 「は? 何勝手に喋ってんの」 「その男と姉ちゃんなかなか仲良さそうだった」 「──うるさい!」  姉ちゃんは想像以上に、声を荒げた。 「──は、何? あ、え、もしかして、姉ちゃん、陸人と付き合ってんの?」  あっと思った時には口から滑り出ていた。  俺も自分が思っている以上にテンパっていたようだった。 「なんなのもう──ったく、だからあんたはいつまでもドーテーなのよ!」 「なっ──!?」  姉から飛んできたタオルは俺の頭にばさりと覆い被さった。そのあとドアが強く閉まる音がした。  姉ちゃんの怒った声と顔が頭の中で何度も再生された。耳まで真っ赤に染まっていた。  少し後悔もしたが、これで良かったのかも知れないと、どこか妙に冷静になっている自分もいた。  まさか姉ちゃんの口から、ドーテーと発される日が来るとは、思いもしていなかった。
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