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「おやすみ」
そう言って、田部君は私の横で仰向けになって寝る態勢に入る。十センチくらいの距離を置いて。
「おやすみ」
私も同じように返して、仰向けになり、静かに目を閉じる。付き合って三年になる田部君は週末になると、私の部屋に泊まりに来る。つい半年前までは毎回お決まりだったエッチはしなくなったし、腕枕で眠ることもなくなった。それでも、田部君は私を変わらず愛してくれていることに変わりはない。奈々、と私の名前を呼ぶ声にはしっかりと温もりがあり、彼の眼差し、行動から私を深く思いやってくれていることは伝わってくる。だから、私達には何の問題もない。
「おやすみ」を言うときは、いつもちょっとだけ寂しくなる。
子どもの頃からずっと続いている感情だった。「おやすみ」を言われると、今日はもうお終い、と言われ、今日と明日が強制的に隔てられた感覚に陥るのだ。それが、悪いとか悪くないということはないのだけれど、ただただ寂しいと感じる。
だから、子どもの頃はこっそり夜更かしをしているのを両親に見つかり、叱られたものだった。
「早く寝なさい」
両親は言うことをなかなか聞かない私に、再三の注意をしたが、一定の年齢を過ぎた頃から何も言わなくなった。
田部君は寝るのが早い。ご飯を食べてお風呂に入ってしばらくすると、「そろそろ寝ようか」と言い出す。本当は、私はもう少し起きていたいのだけれど、「うん」と返事をし、田部君の温もりで温まった布団に潜り込む。そして、彼は一分も立たずに規則正しい寝息を立て始める。一人のときは好きに起きていられるのだけれど、田部君の訪問がある日はそうもいかない。誰かの温もりを感じるということは、何かしらの不自由をもたらす。私は一人が好きだ。しかし、田部君の温もりを手放すこともできない。どっちつかずの状態で三年を過ごしてきた。
「田部君」
完全に寝入ってしまった田部君に声をかける。もちろん、返事をすることはない。私は寝返りを打ち、見慣れた天井を見上げる。木目を見ながら、明日の天気だとか、田部君と何をして過ごすだとか、そういった取り止めもないことを考える。そのうち、諦めて私は意識を手放すーー。
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