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3.「アイドル」
・・・――――あれから月日は流れて11年。
マスター・星連アイ様。15歳。夏。
少女の背丈は私を超え、旦那様から課せられた習い事をこなしながら学業や多種多様なスポーツ・競技に勤しみ、その結果として数々の功績を残された。家内に置かれた賞状やトロフィーがその証明となる一方、アイ様が今まで失ったものは重い。
出生と同時に母を。
功績の代わりに多くの友人を。
失くしてきたものが多い人生であったが、それでもアイ様は
〈私が私のままでいられる場所。
その作り方を忘れなければ…きっと大丈夫だよ〉
肥えたまぶたを細めながら笑顔でそう答えていた。
感情の嵐を幾つも乗り越えて、マスターは優しくも清廉な乙女に成長された。さらに近年に至っては女性としての美しさに目覚め、着々と大人への一歩を踏み出しているアイ様。
スラリと伸びた手足と恵まれた体格。
きめ細やかな肌と色艶の行き届いた長い黒髪。
…一度笑えば機械の身である私でさえも使命を忘れて見惚れてしまう時がある。
もともと幼少期から容姿に恵まれていたアイ様であったが、近年は美容関連に精を出し始めたこともあってか‥その可愛らしさと美しさは日を追うごとに増すばかり、
―――マスターの女性としての輝きを、私の細やかな働きがほんの僅かにでも支えているのだとしたら…。
‥そう考えると、つい家の中を走り回ってしまいそうになる。
「————ただいま!」
【お帰りなさいませ。アイ様…】
夕食の準備を終えたところでアイ様が習い事から帰って来られた。
うつつを抜かす私を窘めるような活気ある「ただいま」。
それは懐かしくも、何をしでかすか分からない遠い日の幼女を想起させ、私は久しぶりに身構えてしまった。
【…あはは】
幼いアイ様の天真爛漫さを知っている私からすれば、これはマスターを大人の女性だと受け止める一方で未だ少女のままである事を望んだ矛盾した願い。…簡単に言えば〝ワガママ〟なのだ。
【どうされたのですか?】
気を取り直して玄関に向かいマスターに尋ねる。
すると「やはり…」というべきか。どこか懐かしいような光景が私の視界に広がっていた。
「はぁ…はぁ‥」
脱ぎ捨てられた靴。
ポトリ‥と床に落ちた帽子。
頬を伝う汗すら気に留めない爛々とした表情。
息を切らしながら玄関に立ち尽くすアイ様と視線が合うと、
「…私、アイドルになる」
私のカメラを真っ直ぐに見つめて、彼女はそう宣言した。
【アイ…ドル?】
マスター・星連アイ様。齢15歳。
夏の暑さに侵された乙女の瞳は|私の先にある遠い光を見つめていた気がした…。
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