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何処でどう間違ったか、まるで江戸時代からタイムスリップしてやって来たような時代錯誤な言い回しをする男二人が海辺にいる。色町で知り合った仲だ。釣りをしながら兄貴分が言った。
「よくてめえは馬鹿の一つ覚えで人は仮令貧しくとも前向きに生きなきゃいけないねって信条のように言うだろ」
「そうでやんすねえ」
「それが間抜けだって言うんだ」
「なんでやんすか?じゃあ兄貴は後ろ向きに生きろとでも言うんでやんすか?」
「べらぼうめ、そんなあべこべなこと言ってんじゃねえよ。俺は只、知らぬが仏で前向きに生きようと張り切ってる奴を見ると反俗精神に障って糞可笑しくてしょうがねえから言うんであってな、大体考えても見ろ、この美しい海をゴミだらけにしておきながら自らを万物の霊長と誇る、こんな可笑しなことだらけの誤魔化しだらけの嘘だらけの矛盾だらけの不条理だらけの世の中で何の抵抗もなく前向きに生きること程、間抜けなことはねえじゃねえか。況して富裕層ばかりいい思いをする世の中だ、そうだろ!」
「ああ、そうでやんすか」
「そうでやんすかってほんとにてめえはだなあ」言いながら海に浮かぶプラスチックゴミを見て兄貴分は閃いた。「てめえはプラスチックゴミを餌と勘違いして食い続けて満腹になったと更に勘違いして正真正銘の餌に食いつかず仕舞いで死んじまう間抜けな魚みたいに間抜けだなあ。言い換えれば折角の大事な大事なお魚さんたちをてめえたちが排出したゴミによって殺してしまう人間みたいに間抜けだなあ」
「うまく間抜けで纏め上げましたね、兄貴。洒落てやんすねえ」
「貶してるのに褒める奴があるか!」
「一々怒ると腹減りますぜ」
「うるせえ、俺は人を食えりゃ満足なんだ」
「えっ、兄貴、人食うんでやんすか?」
「べらぼうめ!食うわけねえだろ!バカ!幾ら腹減ってたって人間なんか食えるか!その食うじゃねえっつんだよ。全くてめえはおつむが空でお目出度く出来上がってるからいけねえんだ。馬鹿は死ななきゃ直らねえって言うだろ。そろそろ人間やめたらどうなんだ」
「おいら魚好きだからいっそ魚になろうかな」
「そうだな、さっき俺が言った、お魚さんになるのが落ちだろうがな。ハッハッハ!と笑った所でほんとに腹減った。魚食いてえな。それも酒の肴が」
「へえ、兄貴。しかし、ちっとも釣れませんね」
「ああ、釣れたところで手間がかかって一苦労だ。どうだ、手っ取り早く腹満たそうじゃねえか、鮨屋でも行くか」
「そりゃあ景気の良い結構なことでやんすな、兄貴。その方が断然いいですぜ。それに越したことはありませんぜ!兄貴!」
「おめえみたいなお調子もんは得てしてそうやって軽く乗って来るもんだが、てめえ、金あるのか?」
「えっ、奢りじゃねえんでやんすか?」
「べらぼうめ!いつまでも羽振りがきくと思ったら大間違いだ」
「ってことは兄貴、ひょっとしてマジで金ねえんでやんすか」
「ひょっとしても何も徒でさえ宵越しの金を持たねえおあにいさんだ。おまけに三日にあげず女遊びしてんだからあたぼうよ。綺麗さっぱりスカンピンよ。だから漁の積もりで釣りに来たんだろ」
「そうでやんしたね。おいらも金ねえし、とんだ糠喜びだった。しかし、兄貴」
「なんだ」
「兄貴、姉御の紐なんでやんしょ」
「うるせえ、紐って言うな!幾らひもじい思いしたってあいつの世話にはならねえ。第一あいつは疾うに薹が立っちまったんだ。男の誰も洟ったれ小僧ですら洟もひっかけねえ。こうなりゃ意地でも魚釣るぞ。それも酒の肴をな」
「へえ、兄貴、相変わらず洒落が利いてますねえ」
「貧しても洒落は忘れねえおあにいさんだ。それにつけても、なんだなあ、ここじゃいつまで頑張っても貝もねえし甲斐がねえ。場所変えよう」
「何で変えるでやんすか?」
「見りゃあ分かるだろ。プラスチックゴミがしこたま打ちあがってらあ」
「じゃあ端からここは止せばよかったじゃねえでやんすか」
「うるせえ、弟分の癖に口答えすんな!俺は端から釣るつもりはなかったんだ。風流に花が見たかっただけさ」と兄貴分、海辺に咲く浜菊の白い花を見て苦し紛れに洒落を言ったものである。と、「相変わらず駄洒落がお好きな鯔背な江戸っ子擬きさんだねえ!せこい釣りなんかやめてお寿司食べに行きましょうよ!」という女の声を背後に聞いて兄貴分、色めき立って振り向いた。
見れば、行きつけの某店売れっ子キャバ嬢が松の木陰に小粋に立っている。
「おう!これはこれは誰かと思えば他ならぬおあねえさんじゃねえか!そんなところで立ち聞きしてたのかい?」
「たまさか海を見に来たらおあにいさんがいらっしゃったんでね。ねえ、あたし、美味いの美味くないのってピカイチで美味い屋台寿司知ってんの。弟分さんも連れて今から行こうじゃないの」
「おう、当世風にメチャクチャと誤って言わずピカイチでってのが気に入った!シカトする手はねえやな。渡りに船とはこのことだ!奢ってくれるのかい?」
「もちよ。だって今日からおあにいさんはあたしの紐になるんだから」
「おあねえさんの紐か。そいつは悪くねえが、不名誉なような名誉なような」言いながら兄貴分、おあねえさんの膝枕でお休みする乙な事を想像しつつ、「ま、この際、名誉なことにしとこうじゃねえか」
「そうでやんすよ」と弟分、口出した。「全く兄貴は色男でやんすねえ。羨ましい限りでやんすが、お零れに与れるおいらもありがてえことでやんす」
「全くだ。話し方まで俺に合わせてほんとに話が分かるおあねえさんだ。よし、そんじゃあお言葉に甘えて行くとすっか」
という訳で人の目を引くおあにいさんとおあねえさん、それに弟分が金魚の糞みたいについて行く形で三人は屋台寿司へ行くことになり、そこで大いにやっていると、弟分の携帯が鳴った。登録している人材派遣会社からだった。
「兄貴、いい口を紹介してもらいやした」
「おう、そうか、これでまた激安風俗店で化け物買いが出来るな。どんな口だ?てめえのことだからな、大方、下手物みたいなこんな口か?」と酔った勢いでひょっとこ顔になる。
「兄貴、冗談が過ぎますぜ。そんな面白いもんじゃなくて至極平凡なプラスチック製造の仕事でやんす」
「そりゃ、いけねえ。魚殺しの悪戯好きのプラスチックゴミが徒に増えらあな」おあねえさんにちょっと悪戯しながら言ったものである。
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