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「ああ、約束する」
返事は、ほとんど遅れなかったはずだ。社会人になって十余年、誠実そうな笑顔も板についた。
「ありがとう」
森嶋はホッとしたように笑い、窓の外に視線を向けた。
「あれ、笹口君の家族?」
言われて見下ろすと、乗降口で妻と息子が手を振っている。無事でよかった、俺は胸を撫で下ろした。家財は燃えてしまったかもしれないが、命には換えられない。生きてさえいれば、家族三人でまたやり直せる。
ゴンドラが乗降口に着いた。床の骨組みに足を置いて軋むドアを開けると、なぜか妻と息子が乗り込んで来る。
「ちょっと、おい」
出入り口を塞がれ、ぐいぐい押されてバランスを崩した俺は、再びシートに尻をついた。息子が滑らかな動きで隣に座る。観覧車は動き続け、俺たちのゴンドラは、乗降口の柵を超えて再び上昇を始めてしまった。
なんてことだ。もう一周する羽目になったじゃないか!
向かいのシートに座った妻を見るが、うつむいていて表情が見えない。
なんだか、焦げ臭くないか……?
そう思ったとき、俺はふと、疑問に感じた。
待てよ。今日、息子はどこにいた? 休日はいつも外に遊びに行っているからそうかと思っていたが、さっきは……部屋で漫画を読んでいたんじゃないか?
隣に座る息子を覗き込むと、その顔は墨を塗ったように真っ黒だった。
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