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あるところに、双子の姉妹がいた。ふたりはとても仲が良くて、どこにいくにも、何をするにも一緒だった。ふたりが10歳になった時のこと。海外出張から帰ってきたお父さんが、お土産に、一体の大きなフランス人形を買ってきた。
「パリの蚤の市(ノミノイチ)で見つけたんだ」
お人形をふたりに渡しながらお父さんはそう言った。蚤の市というのは、昔から行われているフリーマーケットのようなものだ。
「ありがとう、お父さん」
お人形は、ちょうどふたりの半分くらいの大きさで、とてもかわいらしい顔立ちをしている。特に、ぱっちりとした青い目が愛らしくて、ふたりはまるで妹ができたみたいに喜んだ。お土産がふたりにひとつだと、ふつうはけんかになるが、その姉妹はとても仲がよかったから、寝る時はお人形を真ん中にしてベッドに入り、旅行に行く時は必ず連れて行って、まるで家族みたいに、ふたりで大事にしていた。ところが、ある日、姉妹を不幸が襲った。お姉ちゃんが、重い病気にかかって、入院してしまった。妹は、ほとんどつきっきりでお姉ちゃんの看病をしたが、懸命の看病もむなしく、病室のベッドの上で日に日にやせおとろえていった。入院から1ヶ月。ベッドの上で体を起こすことも出来なくなったお姉ちゃんが、妹の手をギュッとにぎって弱々しい声で言った。
「わたしたち、ずっと一緒だよね」
「うん。ずっと一緒だよ」
妹は、お姉ちゃんの手をしっかりとにぎり返して答えた。お姉ちゃんは、安心したように微笑むと、そのまま目を閉じて、眠るように息を引き取った。お姉ちゃんのお葬式から数日。突然倒れたお母さんを、お父さんが病院に連れて行くことになったから、妹はひとりで留守番をすることになってしまった。車のエンジン音が遠ざかると、耳が痛くなるほどの静けさが襲ってくる。生まれた時から、ずっとお姉ちゃんが一緒だったから、この広い家でひとりきりなんて、初めての体験だ。妹は、心細いのとさみしいのとでしくしくベッドの中で泣いていたが、やがて泣き疲れたのか眠ってしまった。その日の夜遅く、ふと誰かに名前を呼ばれた気がして妹は目を覚ました。だけど、部屋の中にはもちろん、自分以外誰もいない。薄いカーテンを通して、月明かりが部屋の中に差し込んでいるだけだ。
(気のせいかな、)
と思って、妹がまた目を閉じると、
「__ちゃん」
間違いない。自分の名前を呼ぶ声が、部屋の中から聞こえてくる。ベッドの上に体を起こした妹は、部屋の隅に青い小さな光が、ぽつんとふたつ並んでいるのを見つけて、ドキッとしたが、目が慣れてくるにつれ、その正体がわかり、妹はホッと胸をなでおろした。青い光は、フランス人形の青い目が、月明かりを受けて光っていただけだった。ほっとした妹は、もう一度ねなおそうと目を閉じかけたが、あることに気がついてサッと血の気が引くのを感じた。あのお人形はお葬式の時、お姉ちゃんがさびしがるといけないからと思って、一緒に棺の中にいれてあげたはずだった。おそるおそる目を開けた妹は、甲高い悲鳴をあげてとびおきた。さっきまで部屋の隅にいたはずの人形が、いつの間にか、ベッドの上にのぼってすぐそこまで迫ってきていた。妹はベッドから転がり落ちると、ドアの方へと逃げ出した。人形は妹の後を追うように、両手を伸ばすと、ズリッ……ズリッ……足を引きずるようにして、少しずつ近づいてくる。妹が恐怖で動けずにいると、
「__ちゃん」
人形の口から、聞き覚えのある声が聞こえてきて、妹は耳を疑った。それは、お姉ちゃんの声だったからだ。人形は、大きく目を見開く妹の首に手をかけると、
「__ちゃん、さみしいよう」
そう言いながら、首をグイグイと絞めてくる。苦しくなった妹は、人形の腕を掴んではねのけようとするが、力が強くてビクともしない。意識が遠くなってきた妹の手に力が入らなくなり、
(もうダメだ)
と思った時、
「お姉ちゃんを連れていかないで」
どこからが小さな子供の声が聞こえてきて、その途端人形の力が抜けて、体が軽くなった。妹が人形を見ると、ピンクのモヤに包まれ、それに押されるように人形は消えていった。
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