次の恋が始まるまで

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次の恋が始まるまで

 僕が彼女と初めて会ったのは、公園のベンチだった。  最近では珍しいセーラー服に鎖骨までのサラサラストレートヘア。  化粧もしていない素朴な顔立ちは優しそうだけれどちょっと寂しそうで、ふぅっと軽くため息をつきながらベンチに腰を下ろした。 「隣、ごめんね」  そう言いながら、僕のことをチラリと見た。 「……」  視線に気づいていたけれど、僕は黙ったままそっぽを向いていた。 「あーあ。失恋しちゃった」  誰に言うとも無くそう言いだした。  そんなこといきなり打ち明けられても、僕はどうしてあげることもできないからそのまま無視し続けていたのだけれど、彼女は聞いて欲しくてたまらないらしく、そのまま話続けた。  部活の先輩に思い切って告白したけれど振られてしまったこと。  その先輩がどれくらい素敵な人だったか。  一人で延々と語り続ける。    思わず呆れて僕が顔を向けると、彼女の目から涙がポロポロ零れ落ちてゆくのが見えた。  ドキッとして、僕は慌てて視線を逸らす。 「ごめんね。いきなり迷惑だよね」  彼女はひとしきり泣き終わると、今度は泣き笑いの顔で僕にバイバイと手を振った。  勝手にやってきて、勝手にしゃべって、勝手に去って行った彼女は、一体誰だったのか。そう言えば名前も聞かなかったなと思いながら、僕はそのままぼーっとベンチに座り込んでいた。  それからというもの、彼女とは同じベンチで何度も会った。  別に待ち合わせをしているわけでは無いのだけれど、なんとなくタイミングが合うと言うか、何と言うか……  二人で一緒に座って、夕陽を見るだけの関係。    だんだん慣れてくると、彼女は鞄からスケッチブックを取り出して、断りを入れもせずに勝手に僕をスケッチし始めた。    僕はこそばゆい感覚になって、真っすぐ前を向いたまま座っている。  そんな僕を、彼女はしげしげと眺めながら、ああでもないこうでも無いと言いながら鉛筆を走らせている。  ちょっとだけ気になって覗いてみた。  思ったよりもイケメンに描写されていて、僕の心臓がまたドキンと跳ねた。  何枚も何枚も、僕を描いては一人満足したように笑う。  そんな彼女の笑顔が見たくて、僕は黙って寄り添っている。  僕が心を許し始めたことに気づいた彼女が、いきなり僕の体を引っ張って、膝枕してくれた時は、本当にびっくりした。  心臓が飛び出しそうになって固まっていたら、彼女がふふふっと笑いながら僕の黒い毛を撫でてくれた。  それが心地良くて、手の温もりが温かくて、僕はそのままウトウトし始める。  彼女は嬉しそうに僕を撫で続けていた。  夕暮れが少しずつ早くなって、二人でいられる時間が一秒ずつ短くなってきた秋の日。  彼女は一人じゃ無かった。  なんとなくは分かっていたんだ。  僕を描いてくれるスケッチブックに、別の男性の絵もちらっと見えたから。  きっと彼の事が好きになったんだろうなって。  分かっていた……  その日彼女は、スケッチブックの彼を連れて来ていた。    そうして彼に僕を紹介しようと思ったらしく、彼女が名付けてくれた僕の名を呼んだ。 「くうちゃん!」  僕は木の陰にそっと隠れて、出て行かなかった。  彼女はとても寂しそうな顔をして、しばらく辺りを探し回っていたけれど、あきらめたように男性に声をかけた。 「仲良くしてた猫がいたの。いっつも励ましてもらっていたんだ。でも、今日は来ていないみたい……」  男性は優しそうな人だった。  彼女を見つめる瞳から、とても彼女を大切にしているのが伝わってきて僕は安心した。  でもなぜだろう。  なんか寂しい。    僕の役目が終わってしまったからかな。  僕は野良猫。  もともと、どこにも誰にも属さない一匹猫。  元の僕に戻っただけのことさ。  でも、このまま彼女を見つめ続けるのはやっぱりちょっと切ないから、僕はここでは無いどこかへ行くことにするよ。  バイバイ。  幸せにね。  振り返ったら、いつもの僕の席に彼が座っている。  二人が笑顔で語り合う姿が見えた。            Fin
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