2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
彼の秘密
彼の細い指先が、左耳へ伸びてきた。
私はビクリとして身を固くする。駆け上る想いに熱を持つ頬。
目の前の甘く危険な液体のせいで大きくなった鼓動は、いつの間にか耳元から。
音を辿れば余計に意識を集中させてしまう。
そんな私に気づいているのかいないのか。
彼は躊躇することなく私の髪の毛をすくい取る。
ロングストレートのそれを指先に滑らせてから、左耳の後ろへ丁寧にはめ込んだ。
露わになった三日月型のピアス。目を細めると、嬉しそうに言った。
「やっぱり、似合うね」
「あ、ありがとう」
カラカラの口の中で小さくそう呟くと、カウンターに頬杖をついたままの彼はクスリと笑う。
そのまま冷たい指先で三日月型のピアスを弄び始めた。端正な顔立ちに見つめられて、私の心臓は破裂寸前だ。
「萌香、かわいい」
「え? そ、そんな、あの……」
その一言で空気が抜けてしまった。
ぷしゅ~って音がしそうな勢いで私が停止していると、彼が顔を近づけてくる。
一瞬の出来事だと頭では分かっていても、私の目にはスローモーションに映る。少しずつ大きくなる潤んだ彼の瞳、筋の通った鼻、赤みが強くなった唇……
そんな彼の顔がいきなり私の胸元に収まった。
「ん?」
スースーと安らかな寝息が聞こえてくる。
何これ? 酔っぱらって寝ちゃったの?
私は急に現実に引き戻されて、慌てて彼の体を支えた。
もう、この盛り上がった気持ち、どうしてくれるのよ!
私は恥ずかしさと彼の重みを支えようと必死になって、別の意味でまた頬が赤くなる。
まったく。
でも……やっぱりかわいい。
カクテル一杯で酔って寝てしまうなんて。安上がりな奴。
普段は色白の頬が、赤みを帯びている。
無邪気な寝顔を見ると、しょうがないなぁと保護者のような気持になった。
マスターが慌てて手伝ってくれて、なんとか彼の体をカウンターにつっぷさせた。
「あはは」
急に笑い出した私に、マスターも苦笑する。
いい雰囲気だったのに。
初めてグイグイきてくれて嬉しかったのに。
彼がくれた三日月型のピアスを自分で揺らしながら、先ほどの彼の指先の感触を思い出す。
無口で恥ずかしがり屋の彼が、初めてくれたプレゼント。
いつもデートでは私が一方的に話していて、彼はうんうんと頷くばかり。
一生懸命聞いてくれるから嬉しくて、ついつい私ばかり話続けてしまう。
わがままを言っても、怒りもしないで私に合わせてくれるから振り回してばかり。
そんな彼のこと大好きだけど、時々ちょっと物足りなく感じて。
彼からもっと積極的に誘ってくれないかなとか、強引に手をひいてくれたらいいななんて妄想したりもしていて。
だから、さっきは本当にドキドキした。
とっても嬉しかったんだよ。
酔っぱらったら、こんな彼も見れるんだ。
変身時間が短すぎるけれど。
私はまたふふふっと笑った。
今度はベッドで一緒に飲もう。
どんな彼が見れるか楽しみになっちゃった。
完
最初のコメントを投稿しよう!