幻を想う②

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幻を想う②

 交通事故。  信号無視して飛び込んで来た車は、涼介の命を奪った。  私は信じられなかった。  彼がもうこの世にいないなんて。  涼介のあの笑顔が二度と見られないなんて、そんなの嘘。  冷たい彼の体に縋って泣いたわ。  彼に私の涙が届くように。  彼はきっと戸惑っているはずよ。   だって私のところへ来る途中だったんだから。  だからあの世の入り口で引き返して、きっと私を探しているはず。  涼介は必ず私のところに戻ってくるはずだから。  だから彼の体を守っていたかった。    でも、涼介の体は灰になってしまった。  彼の帰る器は、もう無い。    泣いて泣いて、涙も枯れ果てて……  そうして私は気づいたの。    迷子のあの人に道しるべを灯さなきゃって。  だからあの人が好きだったトルコランプに火を入れた。  旅先で買ってきてくれた彩色の光。  今夜は特別だから。  今度こそちゃんと伝えるつもり。    今もあなたを愛しているって。  あなたが私の癒しなんだって。    そして、あなたがいないと私は生きていかれ無いってことを……    ーーーーーーー  風も無いのに、トルコランプの光が揺らいだ。  透明な空間に、確かな息遣いを感じる。  ほら、予感は当たったわ。  彼は来てくれた。  光を目指して私の元へ。    涼介の瞳を感じて、頬が朱くなるのを感じる。  いつ見つめられてもドキドキするの。  本当は物凄く嬉しいのに、私は恥ずかしさを隠すように拗ねた顔になる。  そうするとあなたはじーっと見つめてきて、からかうように笑った。    いつもと同じ。  あっと言う間にあなたは私に近づいて、冷たいキスを落としてくれた。  冷たさはやがて熱いキスの感触に変る。  それもいつもと同じ。  帰って来てくれたのね……    思わずあなたにしがみついた。  これはいつもならしないこと。    あなたは驚いたように振り向いて、とびきりの笑顔になった。      一緒に食べて、語らって、そしていつものように一緒に眠る。  ベッドに横になった私の背中は、今は冷たい涼介の肌に包まれた。  でも大丈夫。  今度は私が温めてあげるから。  あなたの透き通るような笑顔に、私も微笑んで口づける。   氷の唇は私の熱を吸い上げてくれた。  あなたの繊細な指先が、愛おしげに私に触れる。  その凍るような冷たさに、私がぶるりと身を震わすと、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。  私はそれが嬉しくて、ちょっぴり悔しくて。  彼の首筋に手を回して彼の頭を胸に抱え込んだ。  彼は戸惑ったように藻掻いた後、観念したように私を舐めた。 「あっ」  思わず緩めた腕を絡め取り、今度は私を組みしだく。    ああ……いつもと同じ。  優しくも激しい想い。  彼の愛撫は私を蕩けさせる。  冷たいあなたの息遣いも私を熱く酔わせてくれる。    涼介、私はあなたの物よ。  あなたに全てを捧げたいの。    だからお願い。  もっと。  もっと、奪って。  私の全てを奪って。   ーーーーーー  涙の残る瞼を開けた。  綾なす光は効力を失い、カーテンの隙間から差す強烈な日差しが、朝の訪れを告げていた。  一緒に連れて行って欲しかったのに……  ピタリと寄せ合ったあなたの感触は、今も私の肌に刻まれているのに……    氷と熱が出会っても、所詮生まれるのは霧の幻想。  私はまた一人、取り残された。                            Fin  
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