ゴール! ~笑顔の写真~

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ゴール! ~笑顔の写真~

「明日のサッカー部の練習試合、陽も茜ちゃんと一緒に応援に行くね」    (よう)はそう言ってニッコリしたが、ちょっだけ頬が膨れ気味なことに、(あおい)でも流石に気づいていた。  良平(りょうへい)はちゃんと(あかね)に話しているのに、葵は陽に何も言っていない。  と言うより、言わない。  だから、ちょっとご機嫌斜めなのは当たり前だと分かっている。  でも、言えない。  葵は気まずそうに「おお」と小さく答えてそっぽを向いた。  県立風早(かざはや)高校二年生に進級した(あおい)(よう)(あかね)は、小学校の頃からの幼馴染だ。  高校に入学してから新しく加わった仲間良平(りょうへい)は、葵のサッカー部仲間であり、つい最近茜と付き合い始めたところだった。  冷静沈着で穏やかな良平と、正義感の塊みたいな茜。  二人のデコボココンビは、上手くお互いを補い合い助け合うようで、横にいる葵と陽は安心して二人を応援することができた。  葵と陽の関係?  もちろん、二人も付き合っている。と言うよりは、寄り添っていると言う方が正しいかもしれない。  ちゃんと告白し合ったわけでも無いのに、いつも二人はお互いの横にいる。  それが当たり前のように、自然に。  葵は強面で無口なので、一見すると冷たい人に見える。だが、その心の中には嵐のような葛藤を抱えていたし、本当はものすごく優しいのに、照れが先行して何も言えない。  陽はそんな葵の一番の理解者だった。  その心からの信頼がどこから来るのか不思議になるくらい真っすぐな想いは、葵の救いだった。  だから、葵も陽のために生きている。  でも、口下手な葵にとって、その想いを伝えることは簡単では無い。  そして、態度に出すのも…… 「今回はうちの学校のグラウンドで試合なんでしょ。だから堂々と見学出来てラッキー。楽しみだな」 「おお」 「でも、陽はサッカーのルールちゃんとわかんないけどね」 「おお」 「ま、でもゴール決めれば勝ちって言うのだけは当たり前にわかるからね。今回も良平君も試合に出るんでしょ」 「おお」 「がんばってね」 「おお」  一方的に話していた陽が、堪えきれなくなったようにクスクスと笑い出した。 「もう、あおくん、『おお』しか言ってない。そんなに緊張しているの?」 「んなことあるか」 「ふーん。じゃあ、私に言わなかったことを後悔しているんだ。怒っているって思っているのかな?」 「……」 「怒ってるよ。ぷんぷん! 折角あおくんの晴れ姿見られるチャンスなのに教えてくれないなんてさ」 「晴れ姿って……別にいつもの練習試合だよ」 「あおくんにとってはいつもでも、陽にとっては特別なんだからね。どっかの学校でやる練習試合だと簡単に見に行けないじゃん。お詫びにちゃんとゴール決めてよね」  それは流石に難しいなと思ったが、葵はまた「おお」と答えた。  そして、 「ちゃんと水分と日除け対策して来いよ。暑くてぶっ倒れないようにな」  と付け加えたのだった。  次の日は朝から快晴。  真っ青な空に太陽がぐんぐん登ってくる。  七月の太陽は温かいを通り越して、焼き焦がすような暑さをもたらすことが分かっているので、試合は午前中の早い時間に行われた。  風早高校の校庭は、校舎のあるところよりも少しだけ低い位置にあって、対面側のフェンスに添って古い桜の木が植えられている。  その木の下に入れば暑さをしのぐことができたので、サッカー部のベンチと、見学用の席は、木の陰に設置されていた。  陽と茜は試合前のウォーミングアップの時間から、見学席に陣取って楽しそうに話していた。  その様子を横目に見ながら、葵と良平は体を動かし始める。    良平が葵に、「今日は絶対勝とうぜ」と声をかけると、葵も「ああ」と答えた。  二人は二年生になると同時にレギュラー入りし、良平はその冷静沈着さを武器に、トップ下と言う司令塔のようなポジションを任されている。  対する葵は、スピードと思い切りの良さを生かして、フォワードでストライカーとして期待されていた。  ベンチの陽は、鞄からビデオを取り出すと試し撮りを始めた。 「陽ちゃん、なんか本格的なの持ってきたね」 「うん、パパに借りて来たの。今日こそ、あおくんの『笑顔』を撮るんだからね!」  父親から借りて来たと言う望遠レンズ付きのビデオカメラを片手に、鼻息も荒く宣言している。 「あはは、確かに。葵は仏頂面が貼り付いちゃっているもんね~。笑ったら雨降りそうだよ」 「正面からカメラ向けるとだめなだけなんだよ。本当はちゃんと普段も笑っているの。陽は知っているんだから。でもね、カメラ向けると途端にぶすーって顔になっちゃうの。だから、今日はこっそり撮るんだ」 「じゃあさ、少し高いところから撮ったほうが見えやすいかもしれないね」 「茜ちゃん、それどういうこと?」 「折角望遠レンズついているんだからさ、土手の上から撮ろうよ」 「なるほどー。でも暑いから私だけ行ってくるよ」 「何言ってんのよ。この茜様が隣で日傘差して一緒に見るから大丈夫」 「茜ちゃん!」  嬉しそうにうるうるした目を向ける陽を、お姉さんのような瞳で見つめる茜は、鞄から日傘を取り出した。  試合開始のホイッスルと同時に二人で土手の上へと移動したのだった。  実力が拮抗し合った両チームの試合は、一点を争う熾烈な戦いとなった。  ゴールが遠い。一点が遠い。  前半は両チームともに得点無く折り返し、後半も残り時間、後五分と言う時間。  先輩が体を張って守り切ったボールが、司令塔、良平のところへ届いた。    チャンスボール!  だが、当然のことながら相手チームはそれを阻止すべく、二人がかりでボールを奪いに駆けつけた。  その勢いに押されて、良平の蹴り上げたボールはゴールの左端前へ大きく逸れた……はずだった。    少なくとも、良平に向かって駆け付けた味方の陰に隠れたボールは、左側にしか蹴り出せる進路がないと相手方キーパーには見えた。  だから思わず安心しきって、左側に視線を向けたのだった。  その瞬間、右端のネットが大きく揺れた。  ゴール!  ホイッスルが鳴り響く。  何が起こったのか分からないような表情でキーパーが振り向いた。  そこには葵の放った強烈なシュートが、ネットを切り裂かんばかりの勢いで収まっていた。  実際、良平の蹴ったアシストボールは、一度大きく左に逸れてからカーブをして真ん中に戻って来た。  それ自体は相手方キーパーも予想していた。  だが真正面には味方しかいない。    だから、キーパーは右端深くに映り込んでいた葵が間に合うとは思ってもみなかったし、良平が葵にパスする可能性はゼロだと判断した。  でも、葵は良平がどの位置にボールを落としてくるか気づいていた。    キーパーの視線が自分から逸れて、左端に陣取る先輩を見つめた一瞬をとらえて、猛ダッシュで真ん中に駆け込みつつ、体制を整えた。    そして狙い済ましたように落ちて来たボールを、思い切り右へと蹴り抜いたのだった。      ゴールを決めた葵は、無言で天へ向かって拳を突き上げた。  陽は慌てて葵の表情にビデオの焦点を当てる。  ファインダ―越しに目が合って、ドキッとした。  葵の視線は真っすぐに陽を捉えていた。  でも、笑顔では無い。ものすごく真剣な眼差し。  お前との約束は果たしたぞ!  そんな宣言をするかのような表情。  その葵の表情がブレてファインダーから消えた。    仲間の手荒い祝福のタックルを食らって、葵の体が後ろに傾いたから。  先輩に頭をガシガシと撫でられ、よくやったと声を掛けられている。  葵はますます表情を硬くして、照れてどうしたら良いか困惑したような顔のまま歓迎を受けている。  陽は思わず、ふふふっと笑ってしまった    もう、あおくんは、本当に不器用なんだから。  嬉しかったら笑えばいいのに。  ナイスアシストした良平も、同じような手荒い祝福を受けているのが見える。  良平は素直に笑顔を湛え、そんな良平を嬉しそうに茜が見つめていた。  陽は温かい気持ちを胸にもう一度ファインダー越しに、葵を眺めた。  あおくんたら、本当に照れ屋さんなんだから。  今日も笑顔の写真は撮れずじまいか。  しょうがないなーと思いながら見つめていた。    が、その時、葵の顔にふわっと……  本当に自然に、ふわっと、嬉しそうな表情が現れ出た。  陽のビデオを握る手に、力が籠る。  力を込めすぎてブレないようにと、陽は必死で息を整えながら見つめていた。  素敵な、優しい笑顔。    やった! やっと撮れた!  喜びでふるふるしている心臓を感じながら、陽はふと疑問に思う。  あおくん、何見てそんな笑顔が出たんだろう?  ビデオを動かさないように細心の注意を払いながら、そっと視線をビデオの外にずらした。  葵の視線の先を探す。  ああ! そう言うことか!  陽はますます嬉しくなって、またビデオの中の葵の笑顔を眺めた。  葵の視線の先に居た人。  手荒な祝福にもみくちゃにされながらも、葵へ揺るぎない信頼の視線を向けた人。  良平の嬉しそうな顔を見て、葵の笑顔も漏れ出たのだった。    葵の笑顔を堪能しながら、陽はぽかぽかになった心の中で呟く。  あおくんは、やっぱり、みんなが笑っているのが好きな人。  笑っているみんなを見ているのが好きな人。  自分のための笑顔は下手なのに、他人の幸せを喜んで笑える人。  だから、陽はあおくんのことが……  大好きなんだよ!                       完
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