お天気雨

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お天気雨

「あれ?」  暖かい空気を弾き飛ばすような雨音を聞いて、陽菜(ひな)は窓辺へと目をやった。  風に揺れるカーテンと一緒に、眩しい光が躍っている。 「お天気雨!」    陽菜は読みかけの本に栞をはさむと、慌ててベランダへ走った。  さっき干したばかりの洗濯物を思い出したのだ。  扉を大きく開けると、もわっとした空気が顔に押し寄せてくる。  素早く手を伸ばした洗濯物に、太陽に照らされた雨粒が、跳ねるようにきらめきながら落ちてくるのが見えた。  キラキラしてきれい!  そう思った瞬間、小学6年の夏の雨の記憶が蘇ってきた。  その日は朝から雲一つない良い天気だったので、まさか雨が降るなんて思いもせず、傘を用意していなかった。  いつも一緒に帰っている若菜(わかな)ちゃんとの分かれ道を過ぎて百歩ほど進んだところで、急に雨が降ってきた。  そのまま家へ駆けていこうと思っていたのだけれど、雨足はどんどん強くなってくる。このままじゃ、びしょぬれになっちゃうなと思っていたら、丁度道沿いの家の駐車場の屋根が見えた。家の人は出かけているようで、車が無い。  『こどもSOS』の看板も出ているお家だから、きっと怒られないはず。あそこで雨宿りしていこう。そう思って走り込んだ瞬間、先客がいることに気づいた。  あーちゃんだ!  あーちゃんは、幼稚園からの幼馴染。小さい頃は毎日一緒に遊んでいた。  男の子だったけど、優しくて穏やかで、女の子の遊びにも付き合ってくれて、ずーっと一緒に遊べると思っていた。  でも、小学校にあがって、周りの男の子とかに冷やかされるようになると、何となく二人とも気まずくなって、だんだん話す機会は減っていった。最近は顔を合わせても挨拶すらしていない。このまましゃべらないまま大人になって、見知らぬ他人みたいになっちゃうのかな……それはすごく悲しいけど、しかたないのかも……と思っていたのだった。    あーちゃんの方も飛び込んで来た陽菜に気づいて、一瞬どうしようか迷うような顔をしたけれど、激しくなってきた雨の前になすすべもなく、そのまま俯てい立っていた。  駐車場の屋根に叩きつける雨音が、二人の沈黙を補ってくれる。  激しい雨は、五分ほどすると和らいだ。空が少し明るくなってきた。 「ひなちゃんはさ……」  久しぶりにそう呼ばれて、陽菜は嬉しくなったけれど、あの頃のような高くて可愛らしいあーちゃんの声じゃなくて、ちょっと落ち着いた低い声に、なんかくすぐったい気分になった。 「ひなちゃんは地元中学校(じもちゅう)に行くんだよね」 「うん」  陽菜は頷いた。 「あーちゃんは、受験するんだよね」 「うん」 「合格したら、別々の学校だね」 「そうだね。合格するか分からないけどね」 「あーちゃんなら、大丈夫だよ」 「そうかな?」 「大丈夫!あーちゃん頑張り屋だから」 「……ありがとう」    そこでまた会話が途切れた。  屋根の雨音は、だんだん小さくて不規則な音になってきた。  雲の切れ間から、青空がのぞき始める。  久しぶりに話せて良かったな。  そう思って、陽菜はあーちゃんをそーっと横目に見たけれど、あーちゃんは空を見上げたままこっちのことは見てくれない。  近くにいるのに、遠いな~  その時、あーちゃんが急に嬉しそうな声をあげた。 「あ! 虹!」 「え!」  陽菜も慌ててあーちゃんの指差す方を見る。  大きくて鮮やかな七色のアーチが、家々の間にかかっている。 「綺麗!」 「綺麗だね」  二人で思わず顔を見合わせてニッコリした。    胸がドキドキした。      ※※※※※  取り込み終わった洗濯物をどこに掛けようかと、右往左往していると、携帯のコール音が聞こえた。慌てて出ると大阪出張中の彼からだった。 「あーちゃん、どうしたの?」 「ひな、今どこ? 外見て! 虹だよ虹!」  あーちゃんは、今も虹が大好きなんだよね。    大阪と東京では、流石におんなじ虹が見えるわけないじゃんと思いつつも、窓を開けて外を眺めてみる。 「あ! 見えるよ! 綺麗な虹!」  ベランダの向こうには大きな虹色のアーチが!  二つの虹のシンクロに運命と神秘を感じる。    あの時みたいに、胸がドキドキした。              完
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