1話 世界最強の男

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1話 世界最強の男

 地球。  ある日のスポーツ中継にて。 「決まったあああ! 世界ボクシングヘビー級王者は東堂院力也選手! これで7年連続王者防衛です!」  また別の日のスポーツ中継にて。 「見事な一撃が炸裂! キックボクシングヘビー級王者は東堂院力也選手! 5年連続の防衛成功です!」  また別の日。 「強烈な正拳が直撃! 2036年東京オリンピックの金メダルは東堂院力也選手の手に! これで4大会連続の金メダル! これぞ日本が誇るスターだあああ!」  司会の男性が興奮気味にそう叫ぶ。  それとは対照的に、当の東堂院力也はどことなく浮かない表情をしているように見える。  彼が中継の画面から消えて、試合場から控室に戻る。  控室では、1人の老年の男性が待っていた。 「見事じゃ。東堂院力也……。様々な格闘技を修めし者よ。これで公式試合で通算1000連勝だそうじゃぞ。非公式の試合も含めれば、もっとかの?」 「師匠か。俺は、連勝記録なんぞに興味はない。ただ、強き者と戦うのみ……。俺を打ち負かすほどの者を求めているのだ」  老年の男性は、東堂院力也の師匠だ。  東堂院力也は、現在30歳。  10歳でプロデビューをしてから、これまで20年負けなしだ。 「お主の強さへの探究心には恐れ入る。だが、今のままではお主の望みは叶わぬままになるじゃろう」 「……なんだと?」  師匠の言葉を受けて、東堂院力也が怪訝な表情を浮かべる。 「お主も気づいているじゃろう。さすがのお主も、加齢による肉体の衰えには勝てぬ」 「…………」 「このままだと、早ければ数年後にはお主が負けることもあるじゃろう。だが、それは決して相手が強いから負けるのではない。お主が衰えたから負けるのじゃ」  師匠が言うことは事実だ。  東堂院力也の肉体は、衰えつつある。 「……では、どうしろと? 今まで、あらゆる武道の大会に裏表問わず参戦してきた。俺より強き者が現れることを願いつつ、日々戦い続けるしか道はない」  東堂院力也はそう言って、控室を出た。  師匠はそれを、悲しげな顔で見送った。  東堂院力也は、街を歩きつつ物思いにふける。    人間としての個の強さはここらが限界なのであろうか……。  さしもの東堂院力也といえども、ライバルなくしてはこれ以上の成長は見込めない。  強敵との邂逅こそ、彼がもっとも求めているものであった。  もちろん、強さを追い求めるだけが彼の人生ではない。  いい女をはべらせ、うまい酒や肉を飲み食いし、良質な音楽を鑑賞することなども嗜んでいた。  余生は、有り余る金でそれらを適当に楽しんでいくしかないのだろう。  そんなことを考えつつ、東堂院力也は歩みを進める。  信号のある交差点に立ち、ぼんやりと佇む。  彼の全盛期には、時速100キロで猛進する乗用車を受け止める訓練をしたものだ。  今の彼の力では、おそらくはその衝撃に耐えきれない。  師匠の言う通り、加齢による衰えは確実に忍び寄ってきていた。  「だからよー、そのときにこいつがさ……」 「ぎゃははは!」 「今日、タピオカ飲んで帰ろーよ」 「えー。太るよー」  若者たちが陽気に話しながら信号を渡る。  と、そのとき。  ブロロロロ!  猛スピードでトラックが迫ってきた。  居眠り運転か、はたまた飲酒運転か。  若者たちが迫りくるトラックに気づく。  しかし、とっさのことで体が動いていない。 「「うわあああぁっ!」」 「「きゃあああっ!」」  若者たちが悲鳴をあげ、恐怖に目をつむる。  彼らの硬直した体では、もはや回避は間に合わないだろう。  それを見た東堂院力也。  彼の鍛え抜かれた体は、即座に動き出していた。  4人の若者をトラックの進行範囲から放り出すだけの時間はない。  せめて1人だけでも助けるか?  否! 「トラックと力比べか……! 上等!」  東堂院力也は若者の前に立ち、トラックを受け止めるべく構える。  運転手は居眠り運転からつい先ほど目が覚めたようで、パニック状態に陥っている。 「ぬうん!」  東堂院力也とトラックが正面からぶつかり合う。 「ぬあああああぁっ!」  彼が力を全開にして、トラックに対抗する。  限界を超えて酷使された筋肉の血管が破れ、血が吹き出る。  そして数秒後。  若者たちが恐る恐る目を開ける。 「……ん? 衝撃がない? 」 「お、おい。おっさん。しっかりしろよ!」  若者たちの前では、血まみれの東堂院力也が倒れていた。 「きゅ、救急車を。救急車を呼んで!」 「お、おじさん。私たちを守ってくれたんだね。死なないで……」  東堂院力也の全力は、トラックを停止させることに成功した。  しかし、衝突の衝撃と、全力を出したことによる反動で、彼の体はボロボロになったのだ。  血溜まりの中に沈みつつ、彼は考える。 「(ふっ。最後の戦いが、居眠り運転のトラックだとはな。パワーは申し分なかったが、願わくばもっと魅力のある強敵と戦って終わりたかったな……)」  東堂院力也は満足半分、無念半分というような表情で目を閉じる。  そして、彼の意識は闇の中に沈んでいった。
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