終わりに

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 まあ、確かに婚約破棄されるまで王妃様になりかけていた私だけど、まさかこうなるとは思わなかったわよ。  聖女っぽいひらひらした服はますます豪奢でひらひらとして、このまま空に飛んでしまいそうなデザインになっちゃったし。 「うーん……一年前まで、私は前線基地で血飛沫浴びてたはずなんだけどなあ……」  まだ慣れない冠をあれこれといじっていると、隣でリチャードがにこにこと笑っている。  ああ、本当に慣れない。 「一応聞くけど」 「なに?」 「リチャードは私の純潔を疑わないわよね?」 「純潔だろうが違おうが、僕はモニカさんが好きだから関係ないよ」 「そう」 「でもモニカさんのことなら、ちゃんとなんでも知ってるよ」 「……そう」 「前線基地に貴方が配属された時から、ずっと僕はあなたを見てたから」  人の良さそうなファイアオパールの瞳が細く眇められるのを見て、私の背中に一瞬、ぞぞ……と寒気が走る。  もしかして。この人の良さそうな、年上の皇弟殿下は。もしかして。 「………ねえ。どこからどこまでが、あなたの計画通りなの?」 「計画なんて何にもしてないよ。ただ僕は、モニカさんが好きだっただけ」 「好きだっただけ、って……」 「あなたが14歳で前線基地に来たとき、自分の到着を待たずに逝った騎士団の亡骸を一人ひとり洗い清めて、傷跡を全て治して弔ってあげていたところを見た時から。ずっと好きだった」 「そんなこと、まだ覚えてたの?」 「忘れない。臭いにえづきながら、壮絶な光景に泣きながら、間に合わなかったモニカさんに八つ当たりで罵倒する騎士団員の言葉を浴びながら、あなたが言い訳一つせず聖女として仕事をしているのを見た時」 「……」 「その時から、僕はずっとモニカさんを尊敬してた。だから、呼び捨てなんてできないんだよ」  彼は眩しいものを見るように目を細める。 「王太子と婚約すると聞いた時は、淋しかったけどホッとしていたんだ。モニカさんが王妃となる国ならば、きっと国民はみんな幸せになれるだろうって。……でもまあ、見る目ない王太子のバカのおかげでラッキーなんだけど」  付け足して彼はいつもの表情に戻り、ぺろりと舌を出す。  そして甘い瞳をして、リチャードは玉座から私に手を伸ばした。頬をふに、とつままれると、まるで胸の奥をつままれたみたいにギュッとなる。 「モニカさん、好きだよ」 「……ありがとう」 「けれどあっさり妃にもなってくれるとは思わなかったよ」 「……そりゃあ。その。殿下にプロポーズされたら断れないよ」  玉座の上の私たちの様子を、パーティで浮かれ騒いだ国民の皆さんがにやにやと見ている。話している内容は聞こえないだろうけど、触れられているのは見られている。ああ、恥ずかしい。 「でもいいの?私で」  尋ねる私に、彼は首を傾げてみせる。 「どういうこと? 救国の聖女様が新支配者の妃だから、政治的にも僕に都合がよくて助かるんだけど」 「それはよかったわ。……でも、私はその。……リチャードのことが好きだからさ、その、えっと」 「何? 聞こえない」 「好きだから! ……その。性的な意味でさ」 「まあ」  私の言葉に彼は驚いたように目を瞠り、大袈裟に口元に手で覆い隠す。 「モニカさん、大胆」 「でっ、でも!!! あなたはそういう感情、ないんでしょ? だから申し訳なくて」 「……」 「……リチャード?」 「……この間から思ってたけどさ。なんでモニカさんはずっとそう思ってるの?」
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