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 脱走先の庭園から、お見合い会場である特室へと強制送還された二人は、こっぴどく叱られた。そろって三十歳になる者たちが、格式高い場所で親から頭ごなしに怒られる光景も珍しい。  せっかくの海が見える特室で(悪天ではあったが)ひっきりなしに頭を下げる親同士と、雨に濡れた捨て犬のような恰好の主役二人という散々な状況に、事態が好転する要素は一つもない。 (破談決定)  佳恵が心で呟くのと、彼が口を開いたのは同時である。 「せっかくだから、結婚しませんか?」  場にそぐわぬ明朗な声に、謝罪合戦を繰り広げていた親たちもピタッと静まった。  え、と、喉の奥で声が詰まる。瞠若した瞳に映る見合い相手の男は猫っ毛なのか、湿気のせいで色素の薄い髪がふわりとしていた。髪と同じく明るい胡桃色の瞳は利発そうな輝きを称えており、正視するのが少々しんどいほどだ。 「僕は、両親が僕に無断でお見合いを決定したことに憤慨していました。騙されて、のこのこついてきた自分がそれ以上に腹立たしいですけれども。……正直、見合い相手である貴女のことは、気にも留めていなかった。どうにかして、この場を逃げよう、ブチ壊してやろう……それしか頭になかった」  ぽかんと広がる沈黙に、彼の笑いが心地よく耳をくすぐる。 「僕と同じ行動を取る女性となら、うまくやれそうな気がする。……いや、雨の中を傘も持たずに逃げ出す勇敢さは僕以上だな」 「(とおる)!! お前、その態度はなんだ!」  この人は透というのか……佳恵が呑気に認知している間に、相手の父親は大層な剣幕で息子に詰め寄った。 「いいじゃないですか。結局、僕はいつも通り、父さんの言いなりになるんだから」  笑みを、そして毒を含んだ彼の声は、その場を静めるにふさわしく、ぴしゃりとしなった。  佳恵さん――凛とした響きを保ったまま放たれた声に、びくりと身を震わす。黒漆が艶めく座卓の向こうで居住まいを正した透につられ、佳恵も背筋を伸ばした。 「ふつつかな僕ですが、どうぞ、よろしくお願いします」  はあ、と、我ながら間の抜けた声だと感じ入る。なんてこと。これが……これが、プロポーズだなんて!  通夜じみた重い沈黙を破ったのは、またしても透であった。 「結婚って、いいものですね。これでもう僕は、両親から気の進まない見合いを無理強いされずに済むんだから!」  無邪気そのものの笑顔に、誰もが呆然と彼を見つめるしかなかった。
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