傭兵とお嬢様

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 ざくざくと土を踏むクルスの腕に抱かれたまま、莉衣は辺りを見回した。幹の太い木々、それに絡まる小さな花をつけた蔦、人の顔を覆えるほど大きな葉に、枝から伸びた光るキノコ――どれも見たことのない植物だった。どこの森だろうか。皆目見当もつかない。  薄暗い森を抜けると、陽の光を感じた。莉衣は眩しさに顔を歪める。  ――街が広がっていた。建物のほとんどがログハウスで、可愛らしい景観だ。真っ直ぐ進んだ先に大きな花壇があって、色彩豊かで華やかな印象もある。観光地……だろうか。 「さて、待ち合わせの場所は……」  呟いたクルスは、ある場所に視線を定めた。莉衣も追うように見上げる。  大きな鐘が見えた。ここのシンボルだろうか。周りと比べても、一際目立つ鐘楼だった。その下に、二つの人影があった。一人は、身長が高く二十代半ばくらいの、柔和そうな細目の青年。もう一人は、滑らかで綺麗な長い髪の少女で、伸びた背筋から凛とした印象を受けた。少女がこちらを見る―― 「あ?」 「あっ!」  クルスの顔が引きつり、少女も驚いたように目を見開いた。 「あなた! 昨日の!」 「お前……チッ、まさか依頼人だったとは……」  莉衣は疑問符を浮かべた。どうやら、クルスと少女は顔見知りのようだ。と言っても、昨日会ったばかりのようだが。  ギスギス、あまりいい雰囲気とは言えない空気。横にいた男性がスッと割って入った。 「失礼。私はロベルトと申します。この方はミア様、私の主です。貴方が傭兵のクルス……でよろしいですか?」 「ああ。依頼内容は護衛……で合ってるか」 「はい。この辺りは詳しくないもので……案内も兼ねてお願い致します」 「ちょっと、ロベルト! 私は嫌よ! こんな人に頼むなんて!」 「お嬢様……彼はこの辺で一番の腕利きです。お嬢様のためにも、彼にお願いするのが一番かと」 「あなたがいれば十分じゃない……」 「そういうわけには……」  ロベルトが苦笑する。  まるで物語に出てくるような、お嬢様と従者という感じだった。 「俺は別にどっちでも構わねーけどな。金さえ貰えれば、性悪なお嬢様の道案内でも護衛でも引き受けるさ」 「な、誰が性悪よ! あなたこそ、その憎まれ口じゃ依頼人も減るんだから!」  おろおろと、莉衣はクルスとミアを交互に見た。莉衣にとって、クルスは優しくて穏やかな好青年だ。意地悪な言い方に少しの驚きがある。  それにしても――莉衣は改めて周りに目を向けた。街を歩く人々の服装がカントリー風だ。それだけならおしゃれだろうが――腰に見える剣のようなものが気になる。弓矢を持っている者もいる。傷が痛んだ気がして、莉衣は顔をしかめた。  傭兵に護衛という言葉も気になった。護衛はまだしも、傭兵だなんて。知ってはいるが、身近ではない言葉だ。  クルスは傭兵。まだ未成年に見える彼が――? 莉衣は不安そうは表情を浮かべた。クルスの腰にも短剣が二本ある。あれは、どう使うものなのか。 「で、どうすんるんだ。俺はどっちでもいいけど。できれば取り下げてもらいたいが」 「な……何なのよこの男! ロベルト! もう行きま――」 「お願いします」 「ロベルト!」  ロベルトは丁寧に頭を下げた。ミアは不満顔で、先行きが不安になる。 「ところで、クルス殿。そちらの犬……黒妖犬ですね。ケガをしているようですが」 「ああ。連れてくわけにいかねーし、預けてこようと思ってな。少し待っててもらえるか」 「ええ、それは構いませんが……」  莉衣はクルスの腕を軽く噛んだ。考えるよりも先に動いていた。一緒に連れてけと、目で訴える。 「……ずいぶん懐いていますね。黒妖犬が人に懐くなんて珍しいですが……」 「……お前、ケガしてんだからここに残って待ってろ。終わったらちゃんと迎えに来るから」  莉衣は放さなかった。残るのは嫌だとか、寂しいとか、そういった感情よりも、一緒に行かなくてはならない――そんな気がしたのだ。どこから湧いてくる感情なのだろう。わからないが、駆り立てるように焦りが混じった。 「……クルス殿。危険はどの程度でしょうか?」 「普段ならそう危険はない。獣も小さいのばかりだからな。だが、当然まったく危険がないわけじゃない。あんたも腕が立つなら問題ない範囲だが」 「……ふふ。それなら、何も問題はなさそうですね。その子の側にいてあげてください」 「……いいのか?」 「ええ。そんな縋るような顔をされては、クルス殿も気になってしまうでしょうし」  そんな顔をしているのか。莉衣は気恥ずかしくなって、クルスを解放した。頭を撫でられ、自然と尻尾がゆるり、揺れる。 「では、そこの宿屋に荷物を取りに行って来ます。お嬢様はここで待っていてください」  ロベルトは軽くミアに頭を下げると、目の前の宿屋に入っていった。 「…………」 「…………」  気まずい空気が流れる。重苦しくて、息が詰まりそうだ。 「……その子、名前は?」  歩み寄ったのはミアだった。不満顔のまま、クルスに問う。 「あー……じゃあ、チビ」  チビ――衝撃を受け、莉衣はあんぐりと口を開けた。 「ちょっと、じゃあって何よ! そんな適当なの可哀想じゃない!」 「うるせぇな……名前なんて考えてもなかったし、いきなり言われて思いつくかよ」 「ちゃんと考えてあげなさいよ!」 「テメーに関係ねーだろ」  ぐぐぐ、とミアは堪えるように黙った。もう少し頑張れ、と応援したいが、ミアはこれ以上会話を続ける気はないようだ。相性が悪いのだろう。空気は先ほどよりも重いものになってしまった。このまま一緒に行動して大丈夫なのだろうか――はらはらと、莉衣は不安になる。お待たせしました、とロベルトが戻ってくると、ホッと息を吐いた。
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