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.1話 心を開くって簡単じゃないんだぞ
「お前、同じクラスの早川だったよな?」
その日もいつもと変わりなく、ごくごく平凡に一日を終え教室を後にするはずだった。授業が終わり、誰と話をするわけでもなく、うつむき加減で教室の出口へ向かった。友達がいないわけじゃなく『一人が好きなんだ』と自分では思うようにしている。
ここに存在する早川ナツという女は中二の夏休み、好きな男子に告ってフラレて以来、一生涯、恋愛やそれに近しいことは無縁だと先の長い人生に悟りを開き生きていくと誓うと同時に、人見知りが輪をかけて激しくなっていた。そんな西湘平高等学園に通う高校二年生の女子である。
1階にある下駄箱に向かう途中の階段の踊り場で初めて彼の声を聞いた。
「ドスッ、痛ぁ」
あるはずもない所に壁!? 私の行く手を遮った大きな壁が織田歩夢だった。
落ち着いた少し低めのトーン、私より20センチ以上も背の高い彼から発せられる優しい口調のそれは初めての感覚だった。まるで天高くから私に向かって降り注がれたホイップクリームが全身を包み込むよな気にさえさせる。なんだかフワッと甘い感じがした、そんな気がした。
「えッ! 違います、人違いです……」
正直言って二年生になってからはクラス全員の顔など全く覚えていないし、ましてや男子の事なんて無理の一言で片付けさせていただきたい。
「お前、何言ってんだ? 俺、お前の隣の隣の隣の席だぞ」
えぇー! 知らなかった。確かに席順は女子、男子、女子、男子と並んではいるものの、隣の男子でさえ、どんな顔でどんな声なのかも知らずにいる。
「お前バイク好きなの? よく休憩時間にパンフレットとか見てるよな?」
「す、好きっていうか、気持ち良さそうだなぁって……」
恥ずかしいだろいきなり。といいますか、こちらとしては初対面なのだし、女子の心に土足で踏み込むとは不届き千万、と口には出さずに心の中で呟いてみた。
機械が好きとかバイクが格好良いとかじゃなく、燦々と降り注ぐ太陽の光の下、全身で風を感じ、誰彼気にすることなく大手を振ってお一人様を満喫できる誰にも邪魔されない開放感がバイクにはあると確信し、新しい自分がそこにある気がしていた。
「俺、バイク乗ってるんだ! ビックスクーターってわかる?」
「知らない……」
といいますか、まずは自分を名乗ろう。一体君は何者で何故にそんなに馴れ馴れしいのかな。私が友達の少ない……、いないことを良い事に、からかってるのですか?
「あ、あのぉ…… もういいですか? ぶつかってゴメンナサイ」
最後の切り札を発動してみた。これでもつきまとうようなら大声を出して逃げるしかないな、この手の女子は逃げ足だけは早いって事を思い知らせてやる。
「あッ! ごめん、ごめん。また明日な」
そう言って彼は私に背を向けその場を立ち去った。それって良くあるやつだな、爽やか過ぎなやつじゃないか……。男子抗体のない私はその場に立ち尽くすことで精一杯だった。
といいますか、また明日!? そんな言葉を掛けられたの何時ぶりだったか忘れた。記憶を最大限に振り絞ったところで、男子にそんな事言われたのは幼稚園の年少さんのとき以来なのかも知れない。何がおきているのか自分でもさっぱりわからない。男免疫のない私に男子の考えを解く方程式など持ちわせはないのだけど。こんな時、日記をつける習慣がなくて良かった。今日の出来事を日記にしたら超大作が出来上がってたから、しかも未完成。
早く明日になればいいと思う反面、やっぱり学校に行きたくないと思う私がここにいる。
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