.5話 寝坊、イケメンと遭遇…… いや、ない。

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.5話 寝坊、イケメンと遭遇…… いや、ない。

「──!?うわぁーッ、寝坊した。ヤバイじゃんか」  まぁ、お察しのとおりなのよ。普段は少し腫れぼったい奥二重の私が、この時はどうした? あら可愛い……。二重パッチリのお目々クリクリ、そんなに大きかったか? 私の目、ってくらいに見開き、そして血走っている。ベッドの上で右へ左へゴロゴロと幾度となく寝返りを繰返し、最後に記憶してるのはカーテンの隙間から薄日が覗く朝方だった。 「お母さぁーん…… 何で起こしてくれなかったのよ!」  二階にある自分の部屋から飛び出し階段を駆け下りたところ、リビングで朝食の後片付けをしていた母親をまくし立てる。既に父親を送り出した後のようだ。いつものようにリビングのそこには早川家直伝の少し甘めの卵焼きの良い匂いが香っていた。そんないつもの日常であり、当然のこの出来事に母親が動じることはない。 「あら? 起こしたわよ3回も」  ぐうの音も出ない…… とはこの事だった。 「朝ごはんいらないよ! バス間に合わないから」  自分の事を棚に上げて少しだけ怒り口調で母親に言葉を投げる。そしてその返事、それは慣れたものだ。 「あら? 作ってないけどね」  …… 手強い…… 手慣れてる、手のひらの上で遊ばれている、さすが私をお腹を痛めて生んだだけの事はある。またしても、ぐうの音も出ないとはこの事だ。  さほど長くない肩までの寝ぐせ髪をキュッとボブポニーテールでまとめ、身支度を整える。 「あぁーッ! ハミガキ粉…… ブラウス……」  垂らした…… 今日から制服はブレザーだし、ササッと拭いて済ませる事にした。学生カバンに命より大事なスマホ、これだけあれば何とかなる。準備は万端、「はじめ良ければ終わり良し」小声で呟き玄関に向かった。いつもは空っぽのカバンも、今日は織田に借りた過去問集とテキストがあることで少々重く、肩にかけた手提げがギュッと肩に食い込む気がした。  家を出て速歩きでバス停に向かうその様は、多分にして尋常ではなく、可愛い、綺麗、女、人間? の全てをかなぐり捨てた、いわば獣のように見えていたに違いない。 「えぇーッ 嫌な予感……」  私の行く手、前方約30メートル先、きれいな栗色の少し長めの巻き髪を左右に揺らし、私って可愛いでしょ? オーラを最大限に全身から放出している女子高生の姿が視界に飛び込んできた。 「同じ制服!? もはや嫌な予感ではなく現実。といいますか、見なかった事にしたい」  歩くよりも数倍早い、それは競歩か? とでもいうスピードの私は息を切らし小声でそう呟きながら見なかった振りをし、更にスピードを上げた。そして前を歩く女子高生を追い抜くと決心していた。この時は競歩の大会に出場すれば、金メダリストになれるとさえ思えるほどの速さだった。な、わけがない。 「あれッ! まってまって、ナツだよね!? えぇー、ちょっとー無視してる?」  ですよねぇ…… 気づかれずにすむわけがない。歩道、幅、約3メートル、両端の一杯をお互いに歩いていたとして、人が追い抜く姿は視界に入る事は当然なわけよ。 「あッ、エリカ、おはよう。遅刻しそうで焦ってたから、気づかなかった……」  嘘です、ごめんなさい。 「大丈夫だよ、いつも私 この時間だから。てか、無視とかしてないよね!?」 「してない、してない。本当に遅刻するかと思って……」  遅刻を免れた事にホッと胸をなでおろす……  嘘です、嘘だとバレなかった事にホッと胸をなでおろす……  最寄りのバス停に到着する頃には二人ともバイクの話で盛りがっていた。実は私が学校の始まる時間に十分に間に合うこのバスに乗らなくなったのは、エリカと一緒に通学するのを避けていたから。中学の時の和哉くんの事もあったし、どうしても二人でいれば私がエリカの引き立て役になっちゃう妬みや僻みがそうさせていたんだと思う。だから私は敢えて2本早いバスに乗って通学していた。 「ねぇナツさぁ、バイク屋さんとか知ってるの?」 「ぜんぜん知らない……」 「なんかぁ、バイク屋さんって男子のお店って感じで入りにくいじゃん」  んッ!? エリカでも入りにくいとか、へぇー意外だった。 「だってさぁ、私がお店に入ったら男たちの視線は私に釘付けじゃん♪」 「う、うぅん……」  少しでも、ほんの少しでも、『意外』と思った私の気持ちを返していただきたい。損した気分なんだけども。 「今日ね、織田に借りたもの返すんだけど、その時に聞いてみようかバイク屋さんの事」 「えッマジで、それそれ、それに決まり。歩夢に声かける時は私も呼んでよ!」  と言ったが早いかカバンからポーチを取り出し、エリカがメイクを直しはじめた。 「ナツも少しくらいメイクとかしなよ、いつイケメンと遭遇するかわからないんだからね」  遭遇って…… 妖怪と出会うわけじゃあるまいしねー。まぁ、ただこの女子力は私も見習うべきだと思うことがある。『お一人様上等』とは言っても女子だし、万万一ということもある。いや、ない。 「ほら、これ使っていいよ」  そう言ってカバンから少々大きめの何やら薄べったいケースを取り出して貸してくれた。 「えッ! 何これ……」 「メイクパレットに決まってるじゃん、それ一つあればとりあえず何とかなるから」  それは水彩画などで使う絵の具を溶かすパレットに似たもので、ケースは黒色、蓋は透明、中身は色とりどりのアイシャドーやチークにリップがセットになったものだった。 「凄ッ! いつもこんなの持ち歩いてるの?」 「当たり前でしょ!」  当たり前ではない。といいますか、久しぶりにエリカとちゃんと話をしたのだけど、なんだか楽しいし、たまにはこういうのも良いなぁって思う自分がいる。 「そんなんだからナツはダメなんだよ! そんなんだと一生彼氏できないよ、もともとモテないんだからさ!」 「……」  前言撤回。やっぱり明日からは、いつもの2本早いバスで学校に行くことにする。と、神に誓う。絶対。多分。おそらく……「お母さん、明日はちゃんと起こしてくれますように」と、切に願う。 「あ、あれ!? あの大きいスクーターって歩夢じゃん」  エリカがそうっ言って車内からのバスの前を走るバイクを指差した。 「こ、声…… 大っきいから、エリカってば恥ずかしいよ」
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