雨 音

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雨 音

 一ヶ月後――、 総務部会議室に営業一課の部長が神妙な面持ちで、人事部長と密会を行っていた。 「失礼いたします」  差し出したお茶、真紀はテーブルの机上に置かれた一通の退職願に視線を奪われる。 『武部主任……』 「本人の強い意思は理解しました。ただ、彼の営業力を失う事は当社にとって損失でしかないでしょう。まさか、ヘッドハンティングじゃ」 「その点について彼は否定しています。クライアントを連れ出す様な事をする男ではありません。ただ――」  営業一課の部長が言葉を止めた直後、真紀は一礼し部屋の扉を閉めた。  息を殺し閉じられた扉の奥へと耳を傾ける。静まり返る会議室前の廊下伝いの窓には、あの日と同じ雨が打ち付ける。 「ザァ――、――」  雨音に紛れ耳に届く声。会議室内では声を潜め会話をしているのだろうが、営業部部長の声はそれでも十分すぎる程の大きさだった。 「実は今日なんですよ」 「えっ、何がですか?」 「ほら、例の、破談になった結婚式――」 「……」  聞かなければ良かったと思う言葉がベラベラと部長の口から吐き出されてゆく。全ては愛すべく彼女の都合に合わせられた平日の挙式。それは、奇しくも婚約者の誕生日だった。 『彼は……、今日までどういう気持ちで過ごして来たのだろう』  驚愕の真実を耳にした時、更なる言葉が追い打ちをかける。  退職手続きに伴い受け取った会社貸与のノートパソコン。その閲覧履歴には包丁、サバイバルナイフ等の検索が残されていたらしい。 「まさか自殺を――、それとも……」  人事部長の言葉を耳に、他人の不幸を肴に酒を浴びる程口にした後悔。真紀は居た堪れなくなりその場を去った。
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