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全てを整理した、周囲に迷惑が掛からないようにと、そう思うのは自己満足でしかないのかも知れない。殺人を犯した犯罪者、その関係者に迷惑が掛からない事などあり得ないからだ。
「ザァ――、――」
あの日と同じ雨脚、自慢のスーツもこの雨には負けたようだ。
死ぬまで共に生きようと願い愛した筈の彼女。愛情が深い程、憎しみに変化する時はその何倍、いや、何十倍にも変わるのだろう。
「ザァ――、――」
近づく元婚約者との距離は僅か十メートル。雨の中立ち尽くす男の前を行き交う色とりどりの傘、その人波に紛れた姿にまだ気が付く事は無い。
右手を腰に回しジャケットの中へと入れた指先は雨水で濡れたサバイバルナイフをギュッと握りしめた。包丁と違い持ち手がラバータイプのナイフは滑る事無く手に馴染む。
『狩りをするには最適なんだ――』
「ザァ――、――」
「……」
「ザァ――、――」
「……、ごくっ
……、
サヨナラ」
「ザァ――、――」
標的の赤い傘の持ち主目掛け駆け出そうと身を乗り出した瞬間、耳に伝わる音の変化に思わず足を止める。
「……」
「ポツ、ポツ、ポツ、ポツ――」
全身ずぶ濡れの自らの身体、何故か遠くに響く雨音と足元から突如消えた雨粒。
哀しみに満ちた表情の武部が顔を上げた時、頭上には薄いピンクの折りたたみ傘とそっと寄り添うように白い細腕が伸びる。
振り向いた背後には雨に打たれる見覚えの無い一人の女性。
『いや、確か……、総務部に――』
「ポツ、ポツ、ポツ、ポツ――」
傘の下で身を守られた自らと対照的に、彼女の身体は次第に降りしきる雨により着衣の色を染めてゆく。
じっと見つめた彼女の瞳。
彼女は何も語る事無く、静かに首を横に振った。
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