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差し出された傘を彼女の元へと移動させ問いかける。
「ザァ――、――」
「どうして……」
その質問に対し、真紀は迷わず答える。
「私も……、同じだから。
きっと……、
殺してやりたいと思うから……、
でも、違う!
殺しても何も変わらない!
どうしてあなたが数奇な運命に弄ばれなきゃならないの――、
そんなの……、
おかしいよ……」
「ザァ――、――」
ギュッと握りしめられた右手は、スーツの中に隠されたナイフを手放すことは無い。それほどまでに武部の殺人を決めた心は煩悶し続ける。
その姿を目に真紀は傘を投げ出し、ようやく元彼の存在に気付いたのか、驚きの眼差しを向けたまま立ち尽くす一人の女の前へと歩み寄った。
「ザァ――、――」
雨音に紛れ二人の会話は聞こえない。
「ザァ――、
――、
パチンッ!
――、
――、
ザァ――、――」
鈍い音が響き宙を舞う傘、武部の足元には血に染まる惨状ではなく、広げられたまま地を這い転がる真っ赤な傘が行き場を失くし雨に打たれる。
目の前に転がる二本の傘。
真紀の想定外の行動を目に、武部はようやくジャケットの奥に潜めたサバイバルナイフから手を放つ決心をした。
薄いピンクの折り畳み傘をそっと拾い上げ、真紀の元へと歩み寄る。
「ザァ――、――」
頬に手を添えずぶ濡れのまま立ち尽くす過去の女に一瞬も視線を向ける事無く、真紀の身体を気遣うようにそっと傘を差し出す。
『再び人を愛せるかは分からない――』
しかし、この時彼の心は確かに動いた。
もう一度、人を信じてみようと――。
― END ―
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