あいしてるのかわりにおやすみを

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 一昨日の晩、オレはいつものように三田村の部屋へ夕飯を食べに来た。 「お土産、牛タンと笹かまぼこ買ってきて、あれ、豆腐入ってるとこの笹かま美味いんだよ、それとクリームチーズ入りのやつ」 「……え?どこの笹かま?」 「調べて送るよ、食べたい」 「はいはい、分かりました、はぁ、オレは香川と3日も離れるの今から憂鬱なのにお前は楽しそうだな」  恨めしそうな目でオレを一瞥してから、三田村はスーツケースをぱかりと開くと、盛大にため息を吐き出した。 「……いや、今まで一週間位会わなかった事だってあったよな?オレが実家帰る時とか、あー、そういえば工場研修の時だってそれ位留守にしてたぞ?」 「あの時と今じゃ違うじゃん」 「えー、そんな大差ないだろ、つかオレ今年の夏休み実家帰るからな?」 「え……」 「それより、荷作りやっちゃえよ、明日朝早いんだろ?」 「後はお前を詰めれば終わる」 「詰められてたまるか」  全然終わっていないだろうと突っ込みたい程スーツケースの中は空だ。オレを詰めるからか?冗談は止めてくれ。 「今日泊まってく?」 「……明日早いんだろ?」 「いいじゃん、泊まってこーよ、見送らなくていいよ、寝てていいから」  三田村は寝室とダイニングのドアを全開にした辺りにいるが、立ち上がりオレの方へやってきた。  夕飯は食べ終わっているので、ローテーブルの上にはお互いの麦茶のグラスだけ。  冷感素材のクッションに腰を下ろしていたオレの後に回ると、腹に腕を伸ばし背中に張り付いてきた。  三田村との身長差は10数センチ、三田村が自動販売機程の長身だからで、オレが特別小さい訳ではない。  身長差があるのでオレの背中は軽々と奴の胸の中に収まる。肩口に顎を乗せ耳元で子供が甘えるような声を出す。 「香川~」 「……暑いってば、分かったよ、泊まってく」 「……うん」  顔を見なくても三田村がどんな表情をしているかが分かり、心の中がむず痒くなる。 「ご飯、ちゃんと食べろよ……はぁ、お前に夕飯作れないの寂しい……」 「子供じゃないんだから、ちゃんと食べるよ」 「そだ、帰ってきたら何食べたい?多分直帰だと思うから用意しておく」 「んー……疲れてるんじゃないのか?」 「大丈夫」 「お前は?お前の食べたい物作れよ、いっつもオレの食べたい物じゃん」 「香川」 「オレのじゃなくてさ」 「うん、だから、香川がいい」 「……オレは美味しくないぞ」 「……うん……まだ下拵えも終わってないしなぁ」  なんだそれは、塩コショウを振って冷蔵庫で寝かす、とかそういうやつか? 「この辺もう少し肉が付いた方が美味そうだ」 「わっ、摘まむな!」  臍の辺りを軽く摘ままれたので、三田村の手を叩く。ぺちぺち、軽く叩けば今度は擦られた。別に痛くはないから。 「……まだ食べないよ」 「……」  オレ達は2週間前恋人になった。  2週間前までは友達で、ただの同級生、隣に住んでる腐れ縁、みたいな関係だったのに。大学の頃からずっと、そんな関係だったのに。  まだ2週間。こんな風に背中に張り付いてくるとか友達ならあり得ただろう接触は今までなくて、だから、少し戸惑う。  急にそんな事言うのは困る。  というか、こいつはいつも唐突だな。 「シャワー浴びて着替えてくるから、その間にやっとけよ」 「うん」  腹に巻き付いた腕は自然に解けた。  オレは立ち上がると勝手知ったる三田村の寝室へ行って、2週間前から置いてある自分の部屋着と下着をクローゼットの中の衣装ケースから取り出した。 「はぁ……」  こっそりとため息を吐き出す。  ちょっとだけ心臓が煩い。  考えてた事があるが、それは止めにした方がいいだろうか。食べたい、ときたか。困った。  三田村の部屋にはオレの物が増えた。服もだけど、歯ブラシとオレ用の枕とか。  一緒に住もうって話は具体的に進んでない。物件資料は見たけど、一緒に住むという事に現実味が伴わないというか。  結局まだこの関係に慣れないと言って、オレは言い訳をしているだけなのかもしれない。  だってまだ2週間だ、展開が早くてオレの気持ちは追い付かないのだ。  でも、想ってない訳じゃないって分かってほしい。さっきだって、誤魔化してくれてのは三田村だ。  意気地のないオレはただ三田村に甘えてばかりだ。
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