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出張3日目。
オレは少しだけ残業して、少しだけ疲れを引きずりながら自分の部屋に帰って来た。
帰り道、定食屋の弁当を買ってきたので今日の夕飯は唐揚げ弁当だ。作りたてなので温かい。
三田村も今日の夕飯は少し遅くなると連絡が入っていたので、先にシャワーを浴びる事にする。弁当が冷めるが仕方ない、コンビニ弁当よりは冷たくならない筈なのでいいだろう。
20時少し前、三田村からの着信。
「お疲れ」
「うん、お疲れさま」
「……なんだよ、今日はオレの部屋なんだ」
「だって、お前が言ったんじゃん」
別に自分の部屋でなくてもいいかと思い、渡されていた合鍵を使い三田村の部屋に来ていた。そういえば、合鍵を使うのは初めてだ。
作り置きの麦茶はないので、部屋からお茶のペットボトルを持参している。
「弁当?」
「うん、駅前の定食屋のやつ、唐揚げにしたよ」
三田村に見えるように弁当を持ち上げる。
「そっか、オレは牛タン弁当、テイクアウトしてきた」
「いいなー」
有名店の牛タン弁当らしいそれを、同じように画面に映るように三田村が持ち上げた。
泊まっているのはビジネスホテルのようで、3日間とも同じクリーム色の壁紙が背後に見える。三田村は帰って来て直ぐに連絡をくれたのか、まだネクタイをしたままのワイシャツ姿だ。
「お土産は?」
「明日買うよ」
「うん」
忘れてはいないようで安心だ。
楽しみだという風に笑えば、三田村もネクタイを外しながら笑った。
***
「美味しかった?」
「うん、ここの牛タン買っていこうかな」
食べ終わった三田村は麦茶のペットボトルを飲んでいる。オレも食べ終わったので、弁当の空き容器を入っていたビニール袋に入れたところだ。これは部屋に持ち帰らねば。
「明日、何時頃帰ってくる?」
「ん……お昼位かな、直帰でいいって言われたしそのまま帰るよ」
「そっか……仙台って以外と近いよな」
「寂しい?」
「……うん……」
「素直じゃん」
優しく笑う三田村を見ていると恥ずかしいので、オレは画面からフレームアウトした。
「香川」
愛しそうに呼ぶ声は、いつからだったのだろう。
意識する前なら、呼ばれれば簡単に返事が出来たのに。付き合いだしてから、何故だか簡単に答えられなくなっている。
「ねぇ、香川、顔が見たいよ」
甘い声は耳に心地よいのに、心臓には超悪い。
「香川」
名前の後にはいつだって感情がついてくる、言われなくてもその表情からすぐ分かる。今は見なくたって分かる。
「かーがわ、素直だなーって思ったのに、恥ずかしいの?」
「恥ずかしくないし」
「じゃあ、顔見せてよ、寂しいよ」
三田村はいつも素直だ。素直というより正直というのかもしれない。
「香川」
「……呼びすぎだ」
「香川」
何でそんな嬉しそうに呼ぶんだよ、呆れて通話を切ってしまえばいいのに。
いつまでもフレームアウトしているのも馬鹿らしい。恥ずかしいというか、慣れないだけだ。
「……」
渋々体をスマホの正面に戻せば、目を細め三田村が笑う。
「好きだよ……あー、おい、逃げるなって、なぁ、お前は?オレちゃんと言われてなくない?」
「……急にそういう事言うなよ」
「なら、いつ言えばいいの」
「……いつって……」
なんか、こう、盛り上がった時とかに言うもんじゃないのか?知らんけど。
逃げ出したくなるのはこれからお前に言いたい事があるからだ。最初の計画と全然違ったのはお前のせいだ。
仕方なくスマホのカメラに映るよう、体を戻す。
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