三話 黒豹の恋煩い

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〜 竜久 視点 〜 仕事が手に付かず接客の方ではなく、事務所の事ばかりしていたが、ふっと下の階に行く予定もないが、何となく脚を向け赤いカーペットが敷かれた階段を降りていけば、部下がコソコソと話してる様子を見掛けた。 「 御前等、仕事をサボってなんの話をしてるんだ? 」 「 副代表! 」 「 すみません、ちょっと…お客さんで… 」 「 言うのかよ!?あ、いや…その… 」 幽霊でも見たように肩を揺らして驚かなくても、なんて思うが彼等は目線を合わせたりしていれば、黙って見詰める俺の視線に負けたようで、金魚のように閉じたり、開いていた口をやっとまともに開けた。 「 それが……外で眺めていた若いカップルが人族と思って店内に招いたのですが…多分…獣人ではないかと… 」 「 多分っていうか絶対よ!あんな美男美女カップル、人間じゃ滅多にいないから 」 彼等の言葉に溜息は漏れる。 ある程度は入り口で拒否出来るのだが、中には佇まいから人間らしい連中もいる。 特に力のある獣人は、それだけ人間らしい外見を持ち合わせてるから後々気付くなんてあるだろう。 人間の中には獣アレルギーなんて厄介な人がいるから、毛がつくことは避ける必要があるが若いカップルがドレスを見てたならそれだけ、欲しいのだろう… そう思うと今更、外に出すわけにも行かない。 「 招いたからにはお客様には変わり無い。俺が接客してるから、御前達は仕事に戻れ。それで、どのカップルだ? 」 「 あの奥側で…黒いドッキングドレスを着てる黒髪の女性と、髪が派手なスーツスタイルのような男性です 」 「 分かった 」 見れば一目で分かりそうな格好の為に、軽く頷いて彼等の心配そうな視線を他所にウェディングドレスが多く展示してるエリアへと脚を向ける。 「( 嗚呼、彼等か…… )」 一目で存在感がある雰囲気に、あれのどこが人族に見えたのか問いたいが、恐らく金のある連中だと思ったのだろう。 確かに佇まいや服装の雰囲気からして金持ちそうだが…だから言って招くか? 「( 指導を改めてやり直さないとな…… )」 客を見た目で判断するなと言っておこうと思い近付けば、男の方は何やら謝るような仕草をしてからその場を離れて行った。 「( トイレか? )」 反応からしてそんな感じがすると思うが、この店内には獣人用はない。 だが、そこを使うのだろうと推測はできる為に小さく溜息は漏れ、女の方に近付く。 「 こんにちは、いらっしゃいませ。当店のドレスはお気に召しましたか? 」 「 嗚呼……ん? 」 「 な…… 」 俺は、もう少しあの夜の事を覚えていれば良かったと思うが…そんなのは無理だろう。 なんせ、あの黒豹が女の姿になったのはほんの僅かな時間。 裸を見て動揺していた為にそこまで記憶に残っていなかったが、俺の声を聞いて振り返った女は長いストレートの髪を揺らし、視線をこちらに向けた。 「 あ…… 」 「 ッ!! 」 金色の瞳に整った顔立ち、外出する為のメイクは少し濃くも見えるが、今着ているドッキングドレスとよく似合う。 こんな仕事を十二年ぐらいしていても思う… ドレスがよく似合う容姿だと改めて思うが、腰に来る甘い痺れに、毎晩の様に自慰していたせいで変は疼きを感じる。 「 何故…御前が、ここに居るんだ 」 今は客なんて理性は切れ、絞り出すように出た言葉はここに居る理由だ。 「 外で見ていたら、店員に誘われたんだ。中で見ませんかって 」 「 そうか…( それはさっき本人から聞いたじゃないか )」 知っていた理由だが、今の俺にはそんな事を考える余裕は無い。 「 でも、丁度良かった。もう少し探すと思っていたからな 」 「 探す?何がだ……? 」 嫌な予感に、冷や汗を感じ此処から立ち去りたくても一度身体を重ねたαを前に脚は動かない。 必死に表情を崩さないように冷静を保とうと苦戦していれば、女性の皮を被った黒豹は俺の胸元へと指先を向けた。   「 御前を探していた。私の、婚約者になれ 」 「 ……はぁ!? 」 「「( 副代表が告白された!? )」 一瞬、頭の上にひよこがかけ走ったが 直ぐに言葉の意味を理解すれば、否定しようと口を開こうにも女は胸の下で腕を組む。 「 私も二十四歳になる立派な豹だ。そろそろ相手が居ても可笑しくはないだろ。そこでだ、御前にしようと決めたんだ。相手はいないだろ?匂いで分かる 」 「 っ……( こいつ、俺の意見を聞く気はないな )」 αらしい傲慢な理由だと思った。 偶々、番のいないΩと出会ったからそいつの将来を何一つ考えず、自分の所有物にしたいと言う。 αは、数体の番を作ることが出来るとしても、Ωはαが浮気すると死んでしまうようなものだ。 それはコイツは知ってるのだろうか…いいや、箱入り娘はそんなことを教えられてもないだろう。 「 どうだ?アスワド家に婿養子になる気は? 」 「 断る。俺は、御前のようなαが一番嫌いなんだ 」 「 それは……黒変固体種が嫌いということか? 」 「 は?ちげぇよ 」 黒変固体種?そんなの嫌な理由にはならないだろ。 それを言うなら俺だって竜の中では珍しい黒竜だ。 コイツが黒豹だからってそこに嫌がる理由はないが…と思っていれば、コチラを睨んでいた目は急に丸くなり、緩く頬を緩めた。 「 そうか、ならいい。嫌いで無ければ婿に来い 」 「 は?だから、容姿は如何でもいいが。その態度が気に入らないって言ってんだ 」 声を張ってしまった事に此処には俺がαだと思い込んでる連中が居ることを知り、奥歯を噛み締めコイツの腕を掴む。 「 此処では話辛い。来い 」 「 っ、どこに行くんだ!?茜を待つ必要が 」 「 知るか 」 暗闇で距離があったから気付かなかったが、そういえばあの男は侵入者に煩いとか言われてたやつか。 アカネという名前は如何でもいいが、三毛猫だと思い出したら納得する髪色じゃなかったか。 もっと早く気付けば関わることなく部下に任せただろうに…。 やらかしたと思いながらも今更引けず、裏の非常用出口から外に出れば、裏路地側に連れ、手を離す。 「 良いか、俺は御前と婚約する気は…… 」 「 今日は発情した匂いはしないんだが…。まぁ、あの匂いは好かないから…今の方がいいぞ 」 振り返ればあの時の様に目の前に顔があった。 俺の視線からは脳天しか見えないが、それでも胸元のスーツに顔を寄せてる様子にこんなタイミングですら、夜の事を思い出してしまう。 「 っ〜 」 後孔がひくつき疼く様な腹下の感覚に、奥歯を噛み締め耐えれば、その華奢な肩を掴む。 「 αは…そうやって、Ωを惑わす。だから…俺達の仕事出来る場所も限られてるんだ。俺は…御前等…αが嫌いなんだ 」 個人という単体ではなく全てのαを敵視ししている。 何度も泣き寝入りしているΩの部下を見たせいでだ。 吐き出す様に告げた言葉を受け入れたはずの黒豹は、甘美な笑みを浮かべ此方へと見上げた。 息を呑む程に美しい容姿だと知っているからこそ、直視しないようにしていたが目が合えば逸らすことは不可能に近い。 「 そうか…私が嫌いではないのだな。それだけで十分だ 」 「 !! 」 彼女の片手がスーツの上から腹下をなぞるだけで腰は甘く痺れ、片腕が首へと回ることすら振り払う事が出来ず、身体が硬直する。 グッと目を閉じた時には、唇へと吐息が触れる。 「 …また会いに来る。私はレイ…。レイバン•アスワドのレイだ。 」 「 レイ…バン……アスワド…… 」 「 そう、その名前だけでも覚えていてくれ。神崎…さん? 」 首から離れたしなやかな腕は外れ、変わりに右手は胸元に触れた。 そこには名札があり、呼ばれた名字の意味を知る。 「 神崎…竜久…。α嫌いな、俺の名だ 」 「 そう、竜久。また会える日を楽しみにしてる 」 名字は世話になった老人夫婦のものだからこそ、余り呼ばれたくはなかった。 何となく下の名を教えれば口ずさむ彼女はヒラリとドレスを揺らしては、背を向け離れて行った。 猫のように気紛れで触れる時でさえ弄んでる感じに思える。 「 それに、なんだ…。なんであんなにも自分を嫌うことを気にする? 」 黒変固体種が嫌でなければ、私が嫌いでなければ、それまるで嫌われていたかの口振りに気になって仕方ない。 また頭から離れなくなる理由が増えた事に苛立ちに壁を殴っていた。
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