142人が本棚に入れています
本棚に追加
最初の二年は、地上の生活に慣れることに必死だった。
食う物も全く違い、味覚が合わず何度も嘔吐や下痢をし調子を崩し、住む場所も身分証明書と言うものも存在しないから、
それを必要無いと言ってくれる老人夫婦に匿われ、二人が営む小さな食堂のバイトをしていた。
老人夫婦の苗字と新たに竜久と名乗り生活し、やっと慣れた頃に正社員として人族がやっている大手企業に就職した。
そして俺は竜族では余り、性について関係が無かったのだが…地上では少々立場が低いΩだと知り、薬を飲みαだと誤魔化し生きてきた。
竜族の番は雄と雌で決まる。
そんな第三の性なんて考えてこなかった為に、其れすら悩む部分だ。
だが、αとして生きていればそこまで苦無く上の立場になる事が出来た。
其れだけこの地上ではαが大事なのだろう、何かの会食で始めてαの社長にあった事はあるが、存在感は異様にあった。
目線を合わさないよう苦労したな…。
本能的にαを避けていた為に、下手に発情することも無く生きてるからすっかり宝玉を探す事を諦めていたが、場所が分かるなら迷う事はない。
「 こっちか…… 」
直接返してくれと言えば竜族とバレる、それなら今まで犯罪なんて手を出して来なかったが、盗みに入ることぐらい視野に入れても仕方ない。
元はといえば俺の物、取り返しても可笑しくないだろう。
「 はっ…なっ…!? 」
走っていれば横腹に感じるぞわりとした感覚に脚は止まり、コンクリートの壁に手をつく。
「 これは、触れてるのか…… 」
兄貴達に宝玉が掴まれた時、身体を握られたような感覚で抵抗出来なかったのを鮮明に覚えている。
その時に感じは圧迫感は無いにしろ、撫でるような手付きに、腰や脚は震え力が出なくなる。
「 なっ、クソ……人様の物を…… 」
持ち主がどんな顔で宝玉を触ってるのか知る由もないが、全身に這いずる手の感覚に、
身体を引きずるようにふらつきながら裏路地へと行き、地面へと腰を下ろす。
「 やめて、くれ…。身体が…熱くなる…… 」
嫌な触り方のはずだが、欲を掻き立てるには十分だと思うような触り方だ。
丁寧に体中を撫でては下側を指でなぞるように、俺の中心部も熱くなる。
何故、顔も知らない奴にこんなに乱されてるのか分からないが胸糞悪さに、息は漏れる。
「 はぁ、絶対…殺す… 」
二つ目の犯罪を犯し、早々に天空に帰る予定を決めれば触る感覚が減ったのをいいことにゆっくりと立ち上がる。
「 なんか、こっちでΩの匂いしなかったか? 」
「 発情期なら犯してやろうぜ 」
「( 最悪だ…… )」
声が聞こえてきた内容に自分じゃ気づかない体臭の匂いかと分かり、そっとそいつ等に会うことなくその場を離れ、宝玉を感じる方へと急ぐ。
「 なっ……また…か 」
街から離れた民家に来たものの、後少しだろうと言うところで感覚はプツリと切れた。
また何かに阻まれたように、先程まで手に取るように方角が分かっていたはずなのに何も分からなくなる。
「 クソ…また、振り出しか! 」
触りに触って、用が済めば隠すのか。
吐き気がするような胸糞悪さに壁を殴って苛立ちをぶつける。
くしゃりと黒髪の短髪を掻き乱しては、
深く呼吸をし、気持ちを整えてはもう少し歩いて探そうと進む。
「( そういえばこの辺り…獣人の地区じゃないか? )」
竜族にとって獣人は関わりたくない敵だ。
肉を喰らい、骨を噛み砕く獣とは遥か昔から敵対していた。
人族はまだそこまでの力はないが、獣人族の嗅覚は面倒なぐらい感がいい。
竜族としてバレるな、という掟が簡単に壊れそうな程だと言うことは街ですれ違った時に知っている。
「 なんか、こっちから匂いがしないか?Ωと…何かが交じる 」
「 本当だ。美味そうな匂いがする 」
「( それも、肉食か…! )」
このまま遭遇して戦闘にでもなれば力を失った俺が抵抗しても無意味だ。
獣人族は、人の姿の時は怪力だけで大した力は無いが、獣化をすればスピードも獰猛性も上がる。
左右を見渡しては、目についた通路へと入る。
「 あ、向こうに居たぞ!! 」
「 喰っちまおうぜ!! 」
「( まさか、宝玉は…獣人が持っているのか? )」
この獣人族の地区まで来てしまったからには、其れだけの理由がある。
恐らく…なんて曖昧な推理を消し去りたい程に竜族の嫌な予感は当たる。
宝玉を獣人が持っていれば魔力によって隠されても可笑しくはないからだ。
そしてなにより、落ちた場所から移動してないから俺がこの街で生きていたのだろう。
移動すれば、少なからず俺も近くに行こうとする。
「( 今日は逃げてばかりだな…クソ… )」
「 匂いが近いな 」
「 こっちから匂う、プンプン匂うぜ… 」
助けてくれと頭を下げた所で犯されるか、食われるかの何方かだろう。
そう簡単にαに会わないだろうが、βだとしても獣人は何をするか分からない。
部下のΩは、街ですれ違っただけのβの獣人に犯され、傷だらけになりながら知らない奴の子を孕んだという。
泣きながら下ろす選択肢をした奴等を知ってるからこそ、下手に襲われたくないわけだ。
「 道が…ない… 」
流石、狩りが上手いだけある…
そう言いたい程に目の前には道は無く壁しかない。
背後から聞こえる走る音と、目の前の壁を持つ民家に入って身を潜めるの、どちらが得策かと考えても、悩む選択肢は無かった。
「 ここで食われたら、俺の負けだと思うか…… 」
選択肢のミスは、野性であっても命取り。
身体能力だけは失ってないからこそ、軽くジャンプし塀の上へと立てば中へと入り身を潜めた。
着地し、壁に背を付けばあの獣達の声がする。
「 なんだ、こっちに逃げたと思ったのに居ないのかよ…… 」
「 つーか、ここは良くねぇって…早く立ち去ろうぜ 」
「 そ、そうだな… 」
「( ここは良くない?この屋敷か? )」
飛び乗る時に見掛けた屋敷は明かりは少ないが広いようにも見えた。
この庭も相当手入れされてる為に、この地区に住む獣人の中では上の位なのだろうかと思い、そのお陰で敷地に入ってまで探そうとする意識が削ぎれたならいい。
「 まぁ、いい…やっと撒いた…… 」
「 何故追われてたんだ? 」
「 其れは……っ!!?いっ、っ〜! 」
命が助かったと安堵し、息を吐き胸を撫で下ろした瞬間に目の前から聞こえてきた声に返事をしてしまえば、直ぐ前には金色に光る瞳が二つ間近にあった。
獣だと驚いた瞬間、塀の岩に後頭部を強打しその場で頭を抱えて蹲る。
「 いい音がしたな…。頭、大丈夫か?割れてはないか? 」
涙目になる視界からゆっくりと目線を地面へと向ければ猫より大きく太い脚は、黒い体毛で覆われていた。
肉食の猫科だと把握したが、闇に隠れるような毛色は見たこと無いとゆっくりと視線を上げれば、此方を心配気に見下ろす黒豹の姿がある。
「( ……綺麗な毛並みだな )」
月明かりに艶めく黒い毛並みに薄っすらとある豹らしい斑点模様。
長くしなかやかな尻尾を揺らした黒豹に、この状況ですら見惚れれば、急に黒豹は動き俺の身体を抑えた。
「 なっ!? 」
「 黙ってろ 」
何をするんだ!という言葉は強気な女の声で止められ、目を見開けば屋敷の方から人型の獣人が歩いてきた。
「 レイ様、そんなところでどうしました? 」
「 あーいや、蛙が居てさ。つい気になって捕まえて遊んでいた 」
「 そうですか…。夜も遅いので…余り騒がれないように…。おやすみなさい 」
「 おやすみ、茜 」
俺の存在を隠したのか?と驚き、彼等の話を聞いていれば、人型だった獣人は直ぐに小さな三毛猫へと姿を変え、トコトコと歩いて行った。
その姿を最後まで見た黒豹は、深く息を吐き、俺の身体から重みのある手を引く。
「 茜は、侵入者に五月蝿いからな。ほら、来い…その傷でこの辺りを彷徨くと餌になるぞ 」
「 怪我……?あぁ…… 」
目線の先に触れれば、後頭部を強打した事で血が出ていたらしい。
この黒豹に敵意は無いと分かれば、素直に手当ての道具を借りることにした。
最初のコメントを投稿しよう!