三話 黒豹の恋煩い

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〜 レイバン 視点 〜 あの日以来、あのΩが気になって仕方ない。 やる事も無く只、空を見上げてる私に彼等は遠くからその様子を眺めていた。 「 恋煩いってやつっすかね? 」 「 …でしょうね。けれど、名前も知らない蛙を、私が探せるはずもない 」 「 蛙…? 」 直ぐに、茜には番の相手が蛙と言って誤魔化した奴だと言うことは教えた。 長年連れ添っている彼に隠し事をしたところで、私の相談相手なんてここに居る彼等しかいない。 それならいっその事、一夜限りに繋がったΩを婚約者として迎え入れたいという気持ちは伝えたいと思った。 彼等からしたらもう少し、顔の知るΩの方が良かったみたいだが、私が相手を決めた事に茜以外の使用人達はいい顔を浮かべていた。 いつしか親代わりであり、兄妹のような茜にとっては余り気分のいい話でない事は知っているけど…如何しても、あのΩが気になる。 「 よし、決めた。街に出てみる 」 「「 !!!??? 」」 屋敷の中でウロウロしていても始まらない、外には其れなりの匂いがあるだろうと、八年ぶり位に出る事に決めた。 「 そうと決まれば今すぐに準備しよう! 」 「 …引き籠もりだったレイ様がこんな簡単に街に行く気になるとは… 」 「 恋煩いって恐ろしいっすね… 」 二人の話など知らず部屋に戻ってはタンスを開き服を選ぶ。 着物なんて暑苦しい格好は遠慮したいと、探っていれば部屋に茜が入ってきた。 「 外出用の服でしたら、此方は如何でしょうか? 」 「 ん? 」 黒い重ね着風のドッキングワンピース。 大人っぽいレースのフルリが付いてるが、 私の趣味に合わないというか、似合わないと思い眉間にシワが寄る。 「 レイ様にはお似合いになりますよ。ほら、袖を通して見てください 」 「 分かった…… 」 茜が言うなら間違い無いのだろうと、仕方無く部屋着を脱げば、与えられた下着を手に取り身に着けた後にそのワンピースを着る。 胸元部分はファスナーで調整できる為に胸が主張しない程度に閉じては、黒いストッキングを履き、先に着けていたガーターベルトに噛み合わせる。 「 靴はこちらを… 」 「 何もかも準備がいいな 」 「 いつか外出をなさる時の為に、オーダーで作らせていましたので 」 踵の低い黒いブーツを履き、紐を締め直した茜によって私の格好は見違える程に普段の部屋着とは違った雰囲気だと思う。 自分でも分かるほどの見違えように、部屋にある等身大の鏡の前に立ちひらっとワンピースを揺らす。 「 でも、なんか…イマイチの気が… 」 「 軽くメイクをしましょう。口紅と目元位ですが…… 」 「 …それも出来るんだ、流石…茜 」 「 誰よりも貴女の顔を見てるので、似合うメイクは知っています。まぁ、いざって時の為に練習していただけですがね… 」 いざって時って何だろうかと思うも、茜に誘われるまま彼の前に座れば一緒に持ってきていたらしいメイクセットの一式の入った箱を開け、私の顎に触れる。 「 ……… 」 眉毛を整えるらしく顔が近付けば、改めて茜の容姿の良さに目が奪われる。 毛穴とか見えないぐらい綺麗だし、宝石のような左右の瞳もキラキラして、少し眺めの前髪から覗くスッと通った鼻筋に、細いシャープな顎の輪郭。 小顔だし、身長もあるから八頭身位に見えるとか言われてるぐらいモデルのような男。 「 あの、レイ様…… 」 「 なんだ? 」 目線が合えば少し距離を開けた彼は苦笑いを浮かべる。 「 余りガン見されるとやり辛いので、目を閉じててもらっても構いませんか? 」 「 あ、そうか。目を閉じる必要あるんだな…わかった 」 すまないと呟けばいいえ、と否定され。 目を閉じれば彼はまたメイクをしていく。 朝ご飯と日向の匂いがする茜は、昔から傍に居て心地いい存在だった。 小さい頃は冗談か分からないが、彼のお嫁さんになる!とか言って、三毛猫は繁殖能力がないからと断られた事に不満気に頬を膨らませていたのが懐かしくも思う。 「 フッ… 」 「 レイ様? 」 「 いや、すまない。少し昔のことを思い出してな 」 「 また、昔の事ですか? 」 手を止めた彼にゆっくりとまつ毛を上げ目線を重ねれば答える。 「 昔…、まだ私が小さい頃に…茜にフラれたことを思い出しただけさ。繁殖能力が無いと…、もし有れば…君は私の番になっていたか? 」 私の言葉に一瞬彼の瞳孔が開き、直ぐに普段通りの柔らかみのある笑みを浮かべ、そっと片手を取り手を重ねた。 「 今も、あれば…と思いますよ。その辺の蛙ではなく、貴女の全てを受け入れたいと思う程…。ですが…アスワド家の御令嬢として、貴女は跡取りとなる子を作らなくてはならない。なので…私にはその役目がありませんし…なんせ、不能なβの雄なので 」 Ωならば…そう告げた彼の言葉は何処か淋しげだった為に、そっと片手を伸ばし後頭部に触れ、気づいたら引き寄せていた。 「 レイ…様……? 」 コツンと額同士をぶつけ軽く擦り合わせては、言葉を繋ぐ。 「 貴方が傍に居てくれるから、私は此処に居る事が出来るんだ。なに…今更…御令嬢とか思ってないだろう 」 「 惚れた方の傍にいる事が私の幸せですから。いいえ、御令嬢と思っているから相手を見つける事を許すのですよ。そうで無ければ、今頃嫉妬で蛙を喰らってるところでした 」 「 ……今も喰いたいほどだろうに 」 「 もちろん 」 猫は嫉妬深いというが、特に茜はそれが強いと思う。 ニッコリと笑った彼の顔に確かな殺意がある為に苦笑いは漏れ、そっと頭を撫でた後に身を離した。 残りのメイクを終え、彼は満足気に私の肩に触れ自信を持ってと笑顔を向けてきた。 その優しげ気な声と笑みに幾度と無く救われたな。 「 わー……レイ様、べっぴん…… 」 「 ん、ん! 」 「 羨ましいです、私も目が見えたら見ていたかった…。さぞかしお美しいのでしょうね 」 久々の外出に、使用人総出で見送る様子に溜息さえ漏れるが、愛されてるのだと実感し微かに口元が緩む。 「 それはどうか分からないが、私がいない間、屋敷の事は任せる 」 「 おう!任せてくれよ!警備は劣らないぜ 」 「 はいっ、お気をつけて行ってらっしゃいませ 」 「 行ってくる 」 ティガーに至っては簡単に侵入されてたから信用ならないけど、他の二人はいつも通りだと思って特に思うことは無かった。 手を振る彼等に見送られ、茜が運転する車へと乗り込む。 久々に車に乗ると思い、後部座席に座った私は車が走り去るまで見送る予定の彼等に軽く手を振り返す。 「 茜、出して 」 「 はい、レイ様 」 街に行けばあのΩに会える保証は何処にもないけど、 少しだけ…ほんの少しだけ期待をする。
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