償い

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償い  その男は、一向に果たされない自分のカルマを憂いていた。 天を仰ぎ見て、神に向って問うた。  「神様、俺は一体いつまでこれを続けたらいいんですか?」  神は男の問いに質問で答えた。  「そなたはいつまでと思うかね?」  「俺は、もうずいぶんと長い間、あなたのいいつけを守って働きました。だけど、ちっとも幸せになれません。せめて、あとどのくらい今の仕事を果たせばいいのか教えてください」  「本当にそう思うかね? そなたはまだ、本当の幸せを見ていないと・・・」  「・・・はい」  「そなたはまだ、幸せというものを理解していない。それが理解できるまで、今の仕事を続けなさい」  「あ、ま、待ってください・・・神よ、待ってください・・・」  男の悲痛な叫びに、神はそれ以上答えようとはしなかった。男は、落胆に暮れた顔で、次の仕事の準備に取り掛かった。その男は、もう何十年もの間 同じ仕事をしていた。  大きく重たい荷物をいくつも運び、それを待つ人々に届けて歩いていた。届ける相手は様々だが、男にとってその仕事には、変化もやりがいも感じられなかった。すべての荷物を届け終わるとすぐに家に帰ってきて、疲れ果ててぐったりとし、時には誰に言うともなく愚痴をもらしていた。そして自分の運命を呪い、涙した。  男は、人間として生活していた頃に、許されざる罪を犯していた。子供ばかり4人も殺した殺人犯だった。しかし男にも、そうしてしまった彼なりの理由があった。  実は彼は、小さい頃に脳炎を患い、同年代に比べ少しばかり知恵が遅れていたのだ。子供の頃はまだ親が守ってくれたからよかったが、大人になった彼は、子供たちの格好の餌食だった。周りの子供たちは彼を虐めた。ある者は棒で突付き、ある者は石を投げ、またある者は彼を卑下した。  『気持ち悪いなぁ、あっち行けよ』 『なにもできないんだから、外へ出るなよ』  ・・・床に伏せった親は、彼を守ることが出来ない悔しさの中、天に召された。親が死んだ悲しみのあまり、あの子供たちが自分を虐めたせいだと思い込み、男は子供たちに復讐をした・・・。  男は捕まり、絞首刑になった。そしてその哀れな魂は神に拾われ、罪の償いのために今の仕事をすることになった。  男は罪の深さを充分に理解していた。だからこそ一生懸命に、神から与えられた仕事をこなした。『この仕事を最後までやり遂げれば、お前は幸せに導かれるだろう』 という神の言葉に、『あぁ、神は俺のような悪い人間に対しても、こんなにも慈悲深いお方だったのか』 と感動し、深く反省していた。 殺してしまった子供たちを思い浮かべ、祈り、そして謝罪した。仕事を真面目に、懸命にこなした。だが、いつまで経っても幸せを感じることはできなかった。  さらに数年が経過した。だが、男の処遇は変わっていなかった。男は鏡を見た。しわくちゃになった自分の顔を見た。その心労からか、かつては真っ黒だった若々しい髪は白髪だけになり、立派だった髭も真っ白になっていた。 男の目は死んでいた。自分の顔を撫ぜてみると、頬骨の凹凸に沿って、今までの苦労が刻まれていた。男は自殺を考えた。いや、今までも実際にそうしようとした。だが、できなかった。奇跡の力が働き、男は死ねないのだ。それは、神がもたらした運命によるものであった。がっくりと項垂れた男は、ふと、今までの仕事を振り返ってみた。  「神は俺に『幸せを理解していない』と言った。本当に俺は、こうしてるのが幸せなのか?この仕事をしていることが俺の幸せになるのか?」  荷物を届けた相手を思い浮かべるが、相手の顔がまったく思い浮かばなかった。いくら思い出そうとしても、相手がどんな顔をしていたのか、全然思い出せない。その事実に、男は愕然とした。そして、悟った。  「あぁ、神よ、私は今解りました。私はあなたから与えられた自分の仕事をこなしているだけでした。ただそれだけで、自分が幸せになることばかりを考えていました。それこそが、償うべきことだったのですね・・・」  そして男はもう一度、荷物を運んだ家を訪ねた。暖かそうな窓の灯りを覗き見た。そこには、男が運んだ荷物のオモチャを手に取り、満面の笑顔で遊ぶ、幸せそうな子供たちの姿があった。吹き荒ぶ北風の中で、男の心はカーッと熱くなった。  すると、それまで真っ赤だった男の服が、みるみる白くなっていった。それは、無益な殺生による血で染まった罪の色が、浄化されていく姿だった。 男は、自分の服の色が変わっていくのも気付かずに、子供の笑顔を見ながら泣いていた。自分の仕事が子供たちの笑顔に変わっているのを見て、幸せを感じた。本当の幸せにようやく男は気付いたのだ。男の涙のしずくはキラキラと輝き、頬を伝って落ちた。涙のしずくは地面に届く間に、広がり、さらに輝きを増し、雪へと姿を変えた・・・。  「あ、ママ、パパ、見て見て。雪が降ってきたよ!」  「あら本当ね。ホワイトクリスマスだわ。きっとサンタさんが降らしてくれたのよ」  「そうだな、サンタさんにお礼を言わなくちゃな」  「うん。ありがとう、サンタさん!」  それまでは聞こえなかった世界中の子供の声が、男に届いた。『ありがとう』 が男の耳にこだました。男はなおも泣きながら、こう言った。  「あぁ、ありがとう、ありがとう。私は幸せだ。ありがとう、ありがとう・・・」  男は、気付かなかった幸せに抱かれ、ようやく真実の償いを成すことができた。それまで赤い服を着ていた男の姿は真っ白になり、やがて消えた。彼はやっと霊界へ行くことが赦されたのだった。  彼が消えた場所には、主の居なくなったソリが残っていた。すると、ソリを引くトナカイの一頭が、代わりのサンタクロースに変身した。新しく生まれたサンタクロースは神の声を聞いた。  「そなたの罪を償うための仕事を与えよう・・・」 (了)  
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