黄 -ki-

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 生徒にとっての自然教室は、また別の意味を持っていた。実行委員会が企画する昼のオリエンテーリングと夜のキャンプファイヤーは自由時間がやけに長く取られていて、生徒同士が親睦を深められるようになっている。自然教室をきっかけに好きな相手に告白したり、意中の相手とカップルになったりする生徒は多いらしい。  半信半疑のそのうわさが本当だとわかったのは、二日目の夜に自分が当事者になったからだった。  キャンプファイヤーが終わって生徒たちが宿に帰りはじめる頃、違うクラスの女子に「ちょっといい?」と呼び止められた。まったく見覚えのない相手だったから、二人で木立の影に移動したところで彼女が自己紹介をはじめて、特定の相手がいないなら自分と付き合わないかと言ってきたときには、うまく意味がつかめなかった。前日の夜、ほとんど眠れなかったところに山歩きをこなして疲れていたというのもある。  事情を飲み込めないまま話を聞いて、どうやら相手が冗談を言っているわけではなく、(たち)の悪いいたずらを仕掛けているわけでもないと理解したあとは、かえって対応に困った。 「……ごめん、好きな人がいるから」  そんな、漫画やドラマのようなセリフを自分が言うことになるとも思わなかった。  宿に戻ると、俺が女子に連れ去られるところを見ていたらしいクラスメイトたちが冷やかしてきた。いつもなら適当に流せるのに、睡眠不足と謎の罪悪感のせいでうまく対処できない。 「こんなことで騒ぐなよ」と真顔で警告し、黙り込んだ彼らのあいだをすり抜けて部屋へ帰る。
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