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赤 -aka-
歌を聴いていた。
部屋に流れる陽気な音楽に合わせて大勢の人が歌い、手拍子をしている。弦楽器の乾いた音に、ときおり、弾けるような打楽器と、しっとりした縦笛の音色が混じる。楽しいざわめきに満ちた四角い部屋はおもちゃ箱みたいだ。
壁にあいた小さな窓に目をやると、外はもう暗かった。ふと心細さがこみ上げて、にぎやかな室内を見わたす。
壁ぎわのテーブル席にすわっているのは自分だけ。天板がそり返って縁から剥がれかけている安っぽいテーブルの上に、ぬるくなった牛乳のコップが置いてある。
一人の大人がぽつんと腰かけている自分に気づいたように声をかけてきた。
――ヒジリ、マリアはどうしたの?
近所に住んでいる女の人だ。いない、と答えたとたん、相手の顔がはっきりと曇る。
――またかい? しょうがないね。
先ほどの自分と同じように窓の外をながめると、彼女は、もうちょっとして戻ってこなかったらうちに泊まっていきな、と言う。
母親が帰らない夜は、たいてい彼女の家ですごさせてもらっていた。ずっとそうだったから、このときも相手の言葉に黙ってうなずいた。
いつの間にか歌は終わり、大小さまざまなサイズのテーブルの上を、手から手を伝って料理の皿が運ばれてくる。
壁ぎわにちんまり腰かけている子供の存在には、さらに何人かが気づいたようだった。
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