【1:魂が見えるようになった】

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【1:魂が見えるようになった】

 高校一年生の9月のことだった。  一週間前の席替えで、俺の隣には学年でも評判の美少女、伏見(ふしみ) 京香(きょうか)が座ることになった。  肩までの美しい黒髪。  少しクールな感じの美少女。  決して巨乳ではないが出るとこは出て、締まるところは締まって、スタイルもいい。  まとめて言えば──彼女はトップアイドルかよ、っていうくらい可愛い。  ほとんどの男子にとって、高嶺の花。  だからみんなは、めっちゃ羨ましがる。  だけど俺にはストレスでしかない。  いや……俺だって、最初は喜んださ。  だってあんなに可愛い子と、仲良くなれるチャンスを手に入れた……って思ったんだから。  おみくじで大吉を引いた気分。  でも実際には、チャンスでもなんでもなかった。  おみくじなら、まごうことなき大凶だ。  なぜなら伏見 京香の俺に対する態度が、あまりに冷たいからだ。  隣の席の女子が激冷(げきひ)えな態度って、なんとも言えずストレスフルな日々。胃が痛い。  伏見(ふしみ)って、元々クールな感じではある。  だけど他の男子への態度を見ると、それほど刺々(とげとげ)しいわけではない。  そりゃ俺は、正直言ってモテない男だ。  高一になった今まで、女の子と付き合ったことなんかない。  だけど。  だからと言って。  そんなに冷たい態度を取られるほど、俺は君に悪いことをしましたかー?  ──って、言いたい。  だけど── 「そうです。キライです」  って言われるのが怖くて、そんなことは訊けない。  でも毎日隣の席で接してて、俺はすぐに気づいた。  彼女の冷たい態度は、やっぱり俺が嫌いなのだと。  だから俺は、話しかけるのをやめた。  なのに彼女の方からは、なんだかんだと喋りかけてきて……そして冷たい言葉で攻撃される。  そんなに俺がキライなら、話しかけてこなけりゃいいのに。  彼女に冷たく当たられて、俺はストレスがたまる一方だ。  頭がおかしくなりそうだ。  早く次の席替えが来ないか。  そんなことばかり、望む日々だった。 ◆◇◆◇◆  ──ある日。  朝起きて、朝食を摂ってる時から、おかしいと思ってた。  母さんの後ろに、ぼやっと母さんの影(?)のようなものが立ってるのが見えた。  その時は寝ぼけて、目が霞んでるんだと思った。  だけど通学路を歩いてても、道ゆく人たち全員の周りに、その人たちの影が見えることに気づいた。  しかも、徐々にハッキリ見えるようになっていく。 「おはよー、勇介(ゆうすけ)!」  振り向くと同じクラスの嵐山(あらしやま)。  きっと悩みなんかないってくらい、いつも明るくて元気なヤツだ。  そしてクラス委員長をしてる。  嵐山の後ろにも、嵐山の影が見える。  影というか、正確に言うと、ちょっと薄くて半透明な、嵐山そのもの。  ちゃんと動いてる。  まるでホログラムを見てるみたいだ。  そのホログラムの嵐山は、なぜか顔をしかめて不機嫌そうだ。  そして何か、ぶつぶつ文句を言ってる。 『くそっ、あのババア! 朝っぱらから説教しやがって!』  目の前のニコニコしてる嵐山とは正反対に、苦虫を噛み潰したような顔。  ちゃんと声まで聞こえるんだ。 「おお、嵐山。おはよう。何か嫌なことでもあった?」  ホログラムの嵐山が気になって、そっちに目線をやりながら、本物の嵐山についそんなことを訊いてしまった。 「えっ? 勇介……お前……なんでわかるんだ? 態度に出てたか?」  嵐山はめっちゃ驚いてる。  ──いや、驚いたのは俺の方だ。  態度になんか、全然出てなかった。  いつもの明るく元気な嵐山だったよ。  ホントに嫌なことがあったのかよ?  嵐山が怪訝な顔をしてる。  こりゃまずいかな。  そう思って、咄嗟に口から出まかせを言った。 「いや……あのさ、俺、今占いに凝ってるんだ。それによるとお前の星座と血液型なら、今日は誰か年上の女性から説教されて、嫌な思いをするっていう……」 「すげえよ、その占い! バッチリ当たってる! 今朝お袋に勉強のことで、こっぴどく説教されたんだ」  嵐山は、目をひん剥いて驚いた。  マジか?  さっきホログラムの嵐山が言ってたセリフ。まさにそれじゃないか!  もう一度嵐山のホログラムを見ると、またなんか喋ってる。 『勇介のヤツ。そういうとこアホだと思ってたけど、案外凄いな』  ──はぁっ? アホだと思ってた? 「アホで悪かったな」 「えっ? いや、あの……今、俺、そんなこと、口にしたか?」  嵐山は物凄くオロオロしてる。  ホントにそう考えてたのか。 「あ、いや……別に」  ちょっと待て。  ホログラムで見えてる姿は、その人の本音や心の声をそのまま出してる?  このホログラム……まるでその人の魂みたいだな。  なんでこんなものが、急に見えるようになったんだ?  訳がわからないまま教室に入ったら、そこにいるクラスメイト全員のホログラムが見えた。  ──うわっ!  なんだこれ?  キモっ!!  あ……あの女子二人。  二人ともニコニコして喋ってるのに、ホログラムの姿はお互いに顔をしかめて、バカにし合ってるよ。  表面上だけ仲がいいけど、お互いあんな風に思ってるのか……  女は怖い……  俺が席に座ると、隣の席に座ってる伏見が、いつものようにツンツンした口調で話しかけてきた。 「あら、おはよう東雲(しののめ)君。相変わらず朝から、パッとしない顔をしてるのね」  うるせぇよ。  俺は毎日この顔だ。  ウザいから顔を見ないでおこう……と思ったら、急に伏見がはしゃぐ声が聞こえた。 『きゃー、勇介君、今日もクールでカッコいい!』  ──はっ?  と思ってチラッと横目で彼女を見る。  表情は氷のように冷たいままだ。  ──ん?  伏見の横に立ってるホログラムの伏見が……  目尻を下げて、ニヤニヤして、身体をくねらせてる。  ちょっと待て。  今まで見たことがない、デレデレの伏見だ。 『わー、勇介君が私をチラッと見たー! どうしよ、どうしよ! ドキドキするー!』  えっ?  これが……伏見の本音?  ──まさかな。  学年一の高嶺の花が、俺に対してこんなことを想ってるなんて……あり得ない。  きっとこれは、俺の潜在意識にある願望だな。  こんなだったらいいなと。  いや、別に今までそんなふうに思ったことなんてないけど。  自分も知らない間に、そんな願望を持ってたに違いない。  ──とにかく落ち着こう。  俺はそう考えて席に着いた。  そしてカバンから参考書を取り出して開いた。  目は参考書を追ってるけど、隣が気になって頭には入ってこない。 『勉強してる姿も、知的でカッコいいなぁ。さすが成績トップ』  うん、これは確かに俺の妄想だな。  成績トップはホントのことだ。  一学期の期末テストで学年で一番だった。  でもそれを伏見がカッコいいと思ってるなんて……まさに俺の妄想だ。 『隣の席になって一週間。ツンツンした態度で接してきたけど、そろそろデレっとするところを見せなきゃいけないかなぁ……』  これはホログラムの方の声だな。  俺は伏見と目を合わせないように、ずっと参考書を読んでるふりをしてる。  だけどホログラムの方は、なんとなくこもった声に聞こえるから、本物の声と区別がつく。 『ああ、ホントはストレートに、勇介君が大好きですーって言えればいいのに。だけど、恥ずかしすぎてムリーっ! 告白なんてできないっ!!』  ああ……俺の妄想が暴走してる。  伏見がこんなことを思ってたらいいなって、俺は潜在意識で思ってるってことか? 『だから勇介君の方から、私に告白するようにするんだ。そのためのツンデレ作戦! だけどずっとツンツンだけなら、嫌われたら困るもん』  ふーん。  今までツンツンしてたのは、作戦だったんだ……  ──って、俺の妄想も、末期症状だな。 『よーし、今日の一時間目。国語の授業で作戦決行だ!』  作戦決行?  なんだそれ? 『昨日、みんなが帰った後に、勇介君の机の中で見つけた国語の教科書。あれを私が隠し持ってる』  はぁっ?  確かに昨日は、国語の教科書を机の中に入れたまま帰った。  ──っていうか、なんで俺の机の中を伏見が覗いてるんだぁー!?  あ、いや。  これは俺の妄想だったな。幻聴だ。  だったら机の中に国語の教科書があるのを、自分が知ってるのも当たり前か。 『だから勇介君は一時間目、教科書を忘れたかと思って焦るはず。そこで私が、教科書を見せてあげる。しかもほんの少しだけ、優しい態度で。これで勇介君は、私のツンデレに、きゅんとすること間違いなしーっ!』  いやいや。  教科書隠すとか、そんな大胆なことができるんなら、普通に告白しろよ!  ──あ、また自分の妄想に対して、つっこんでしまった。  バカだな、俺。  国語の教科書なんて、ほれ、このとおり机の中に……  ──あれっ? ないぞ?  ホントにない。  どこに行ったんだ?  机の中を奥まで見ても、ない。  中の荷物を全部出して、もう一度見ても、ない。  念のためにカバンの中も見たけど──やっぱり、ない。 「どうしたの、東雲(しののめ)君。教科書、忘れた?」  いつものように、冷たく淡々とした伏見の声がした。  ハッと隣を見ると、伏見が俺を見ていた。  伏見は無表情。いつもどおり、クール。  だけどその横に立ってる伏見のホログラムは、両手を顔の前で合わせて、目をぱちくりさせて、とても緊張した面持ちだ。 「いや、別に」  俺が素っ気なくそう答えた瞬間、ホログラムの伏見が頭を抱えて、顔を歪めて、 『オーマイガーッ! ミッション・フェイルド(作戦失敗)!?』と叫んだ。  米国人かよっ!  伏見は作戦がうまくいかなくて、本心では落胆してる?  いやいや、あれは……俺の妄想だ。  いや、でも……待てよ。  もしもってこともある。 「あ、やっぱり国語の教科書、家に忘れてきた……かな。困ったな」  そう言いながら頭を掻いて、チラッと伏見の表情を見る。  横のホログラム伏見が、ぴょんぴょん飛び上がって喜んでる。 『やったーっ! 作戦成功! ……いや、ここからが作戦本番だわ。がんばれ、私っ!』  俺の態度はちょっと白々しいかと心配になったけど、伏見ってやつは案外抜けてるのかもしれない。 「ふーん。教科書を忘れるなんて、ダメね」  伏見はフッと息を漏らした。  呆れて話にならないわ……って、クールな感じだ。  心の中では、ぴょんぴょん飛び跳ねてるくせに。 『さあ、いくぞーっ! ちょっと顔を伏せて、上目遣いで、急に優しい声を勇介君にかけるのよー!』 「あの、よかったら私の教科書、一緒に見る?」  うわっ!  ホログラムが言ったとおりの態度だ!  綺麗な二重のぱっちりとした目。  通った鼻筋。  つややかなピンクの唇。  やっぱ伏見って、すっげぇ美人!  こんな美人にあんな上目遣いに、優しい声をかけられたら、きゅんとする!!  ──よな、普通は。  だけど今の俺は、いわば舞台裏を覗いてるような感じなんで、そこまできゅんとはしていない。 「あ、ああ。ありがと」  俺はつい冷静に答えてしまった。 『ああーん! 作戦は失敗なのー? 勇介君は、全然きゅんってしてないじゃん……』  伏見のホログラムが、めちゃくちゃ落ち込んでる。  うつむいて、どよーんとした雰囲気に包まれてる。  悪いこと、したかな…… 「あ、いや。伏見さん、ありがとう。伏見さんって……優しいな」  伏見はハッとした表情で俺を見た。  彼女は何か言おうとして、口をちょっと開いた。  だけど思いとどまって、何も言わなかった。 『ヤバいヤバい。思わず、よっしゃ! とか言いかけたよ。でも良かったーっ!』  ホログラムの伏見は、相好を崩してデレデレになってる。  可愛くガッツポーズまでしてるじゃん。  目の前の本物の伏見は、相変わらずクールな表情のままだけど。  いや、でもこれは……  妄想じゃなくて、ホントに伏見の本音と態度が、俺に見えてるってことだよな?  マジすげぇな、これ!! 『よーし、この調子、この調子! これをうまく続けて、絶対に勇介君に私のことを好きにさせてやるんだ! そして告白させてやるーっ!』  いや、そうはいくかよ。  俺の方こそ、伏見が本音を口にするようにしてやる。  伏見の方から、俺に告白させてやる!  ──伏見か俺か。  先に我慢できなくなって、告白してしまうのはどっちだ?  まあ俺は、伏見の本音が見えるんだから、圧倒的に俺のほうが有利だけどな。  ……あ、いや。  だけどこんなに可愛い女の子に、好きだなんて思われてたら。  しかも本心の伏見は、こんなにデレっ子だなんて、可愛すぎる。  気をつけないと、俺が負けるかもしれない。  だけど──  これから毎日が楽しくなりそうだ。  さあ勝負だ、伏見 京香!!
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