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【13:伏見 京香の作戦】
午後の授業が始まってからは、隣の伏見から騒がしい声が聞こえるのはなぜか治まった。
だけど代わりに、なにやら小声でぶつぶつ呟いてる。
所々漏れ聞こえる言葉から、熱心に勉強してるのがわかる。
まあ、いいことだな。
俺も勉強に集中できるし、伏見にとってもいい。
ところが──
本日最後の6時間目が始まると、また伏見はそわそわし出した。
あ、いや。
伏見本人は相変わらずクールな表情で、落ち着いて授業を受けてるだけなんだけど。
横に立つホログラムの方が、もじもじと身体をくねくねさせながら、なんだかんだと呟き始めたんだ。
『ああー、今日はあんまり勇介君とコミュニケーション取れてないなぁ。どうしようかなぁ。ツンツンしてみよっかなぁ。それともデレっ子を見せるべきか?』
伏見みたいな美少女が、俺に興味を持ってくれてることは、正直嬉しい。
でも正直言うと、正攻法で来てくれたらもっと嬉しいのになぁ。
それと、伏見が他の男子の誤解を生みまくってるって話。
コイツのプライドを傷つけずに、どうやって伝えようか。
俺は伏見が座ってるのと反対側の窓の方を向いて、気分転換に空を眺めながら考えた。
外はあんなに晴れている。
気持ちがいい天気だ。
まあ今はうじうじ考えないで、授業に集中するか。
そう思って前を向き直した。
──あれ?
机の上の隅っこに置いてあったはずの消しゴムがない。
どこにいったんだ?
確かにこの辺り……伏見が座ってる側の、前の方の隅っこの角。
そこに置いてたはずだけど……
机の上の教科書やノートを、持ち上げてみたけどない。
ペンケースの中を探ってもない。
あちゃ。机の下に落としたかな?
机の下を覗き込もうとした時──
伏見が隣の席から、無表情な顔をこちらに向けて、淡々と尋ねてきた。
「東雲君。そわそわと落ち着きがないわね。どうしたの?」
「あ、いや……」
「何を探してるの? もしかして、幸せでも探してるのかしら?」
「はっ?」
何を……
言ってるんだ……
コイツは……?
「ジョークよ。これでしょ、探してるのは。落ちてたわよ」
伏見は手にした消しゴムを俺に見せて、突然ニッコリと笑った。
──そう。
まるで春の暖かい日差しのような、柔らかな笑顔で。
「あ……ありがとう。それだよ、探してたのは」
目を細めた伏見は、俺に消しゴムを手渡してから、コクッと小首を傾げて答えた。
「どういたしまして」
──か……可愛い。
さすが超絶美少女。
さっきまでのツンツンモードが伏見の標準だとしたら……
急に出したこの可愛い笑顔と仕草は、確かに男なら誰でも、自分に気があると勘違いしそうだ。
伏見はすぐに前を向いて無表情に戻り、また教師の話に耳を傾ける。
まるで何ごともなかったかのように。
さりげない親切。
やるじゃないか、伏見 京香。
今のはちょっと……いや、かなりきゅんときた。
『よっしゃー! ツンデレ大成功! 勇介君が、頬を赤らめてるー! 作戦、大大大成功! まさか私が、こっそり消しゴムを机の上からパクっただなんて、勇介君は思いもよらないでしょっ!』
──はぁーっ!?
なんだって!?
コイツ、自作自演かよっ!
危うく騙されるとこだった。
ヤバいヤバい。
それにしても伏見って、クールな顔して案外大胆だな。
この前は教科書を隠すし、今日は消しゴムをパクるし。
いや──それよりも、だ。
さっき嵐山が言ってたように、伏見はこのツンデレのせいで、多くの男を惑わしてしまってるんだよな。
気をつけるように、やっぱり注意してあげよう。
どう言えばいいのか自信はないけど、まずはストレートに言ってみよう。
「あのさ、伏見……」
伏見は無表情のまま、ゆっくりとこちらを向いた。
「何かしら? 授業中なんだけど?」
その授業中に、人の消しゴムを隠したりしてるのは誰だよっ!?
どうやら、またツンツンモードに入ったみたいだ。
「なあ伏見。そんな男を惑わすような笑顔を、誰かれなく見せるのはやめといた方がいいぞ」
俺の忠告を聞いて、伏見はじっと俺を睨んでる。
そして無表情のまま、ぷいっと前を向いてしまった。
──あちゃ、怒らせちゃったか?
俺ってうまく言うのが下手だな。
でもちゃんと注意しておかないと、彼女が誤解されるのはかわいそうだ。
だからこれで良かったんだ……と思いたい。
──なんて、俺にしては珍しくシリアスに考えてたら。
伏見のホログラムがアゴに手を当てて宙を向いて、
『男を惑わすってことは……』
って言ったあと。
急に、にやりと笑いやがった。
めっちゃ嬉しそうだ。
『勇介君が惑わされる……つまりは私に惚れたってことー!?』
いや、そうじゃなくて-っ!
俺は伏見を喜ばせるために、さっきのセリフを言ったんじゃない。注意をしたんだ。
これは……伏見の勘違いを解かないといけないな。
「あのな、伏見。誰にでもそんな態度を取ったら、男は勘違いするぞ。だからやめとけ」
実物の伏見は、聞こえないふりなのかなんなのか。
教師の方を向いたまま、無反応だ。
だけど伏見の横に立つホログラムは、どよーんと暗い顔で、がっくりと肩を落としてる。
『やばーい、やばーい、やばーい。東雲君が、なんか怒ってる……やばーい、やばーい、やばーい。やばーい、やばーい、やばーい』
ずっと呟き続けてる。
まるでお経みたいだ……
別にそんなに怒って言ったつもりじゃないんだが……
授業中で朗らかな声なんて出せないから、怒ったように聞こえたのか。
うーん。
こんなにわかりやすく落ち込まれると、ちょっと悪い気もする。
いったい何がヤバいのかは、よくわからないが。
いや、もう、ホント。
分かりやす過ぎるくらい分かりやすい。
ちょっと申し訳ないことをしたかな。
よし。この授業が終わったら、今日の帰りに、あとでちゃんと言い直そう。
──そう心に決めた。
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