【5:伏見京香はまだお腹が痛い】

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【5:伏見京香はまだお腹が痛い】

 ホログラム伏見が、トイレに行きたくて、でもそれを言い出せなくて悶絶している。  授業中にトイレ行く恥ずかしさより、漏らした恥ずかしさの方が、百万倍ビッグだぞ!  下手したら高校在学中、ずっと『うん子ちゃん』ってあだ名で呼ばれるぞ! 『トイレ行きたいけど……先生に、うんち行かせてくださいなんて、恥ずかしくて言えなーい!』  いやいやいや!  そこは、トイレ行かせてくださいで、いいだろー!  なんでわざわざ、うんちって言うんだよ!?  伏見って子は……  もしかして天然ちゃんか? 『あっ、そっか! うんちって言わなくても、トイレって言う手があった!』  そうそう。  ようやくそこに気づいたか。  さあ伏見京香よ。  心置きなくトイレに行って来たまえ。 『ああっ……トイレって言うのもダメだ……』  なんでだよ!? 『クール系の美少女は、おしっこもうんちも、おならだってしないもの。それが世間の常識』  おい、待て!  いつの時代のアイドル像だ!?  しかも自分で美少女って言っちゃってるよ。  まあそれはまごうことなき事実だけど。  でも今どき、そんな偶像を描いてるヤツなんて、いやしねぇって!  心配せずに、トイレ行きたいって言えよ!  いや、なんなら、体調が悪いから保健室に行く、でもいいだろが! 『あああああぁぁぁぁぁぁ……ダメだ……漏れちゃうよー……』  ──まっ、まずいっ! 「あっ、先生! すいません!」 「ん? どうした東雲(しののめ)?」 「伏見さんがかなり体調悪そうなんです。熱があって喋るのも辛そうなんで、保健室に行かせてあげてください!」 「大丈夫か、伏見? 早く保健室に行け!」  伏見は青い顔をして、無言で席を立った。 「授業が終わるまで、保健室でゆっくりしてこい」  俺のかけた声に伏見はチラッと目を向けたけど、何も言わず早足に教室の出入り口に向かった。  返事をする余裕なんかないんだろう。  だけどホログラムの方が俺を振り向きながら、泣きそうな顔で言ってる。 『助かったー! ありがとーありがとー勇介君! 頭がいい上に、こんな心配りまでできるなんて、素敵すぎるー!』  ああ、お礼なんていいから、早くトイレに行け。  教師がかけた「誰かについて行ってもらうか?」という言葉に、伏見は無言でプルプルと青い顔を横に振って、教室を飛び出して行った。  後はトイレが間に合うことを祈るばかりだ。  その後授業が終わって、ホームルームと教室の掃除が終わった頃、伏見はようやく教室に戻ってきた。 「ああ、伏見。大丈夫か?」 「え……ええ。大丈夫よ」 「そりゃ、良かった」 「あ……あ……」 「ん? どした?」 「ありがと」  伏見は頰を赤く染めたはにかんだ顔で。  可愛く言って、こくんと小首を傾げた。  ──あっ、めっちゃ可愛い  事情がわかってる俺でも、さすがに今のはきゅんときた。  リアル伏見の横で、ホログラム伏見も同じような仕草と顔をしてる。  今の姿は、伏見の本音中の本音だってことだ。 「あ、いや……どういたしまして」  伏見は俺の言葉を素知らぬ顔で聞き流して、自分の席で帰り支度をしている。  ──だけど俺にはわかってる。 『わー! きゃーっ! 勇介君が頰を赤らめたよーっ! あれは今の私の仕草に、きゅんときたよねー! やったー! でも素知らぬ顔をするのが作戦よー! これがツン・デレ・ツン! こうやって勇介君を惚れさせて、彼から告白させるんだもーん!』  横に立ってるホログラム伏見が、顔をくしゃくしゃにして、全身をワチャワチャ動かして喜んでるんだもん。  まあ、なかなか可愛いヤツだな伏見京香。  だけど俺は、自分からは告白しないぞ。  やっぱりお前から告らせてやるからなー!  しかし──  伏見のせいで授業になかなか集中できないのは困ったことだ。  なんとかならないか?  そんなことを思いながらも──  伏見がスタスタと教室から帰って行く後ろ姿を、ほのぼのとした気分で眺めてる俺だった。
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