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1. 姿なき来訪者
入り口のドアが、コンと音を立てた。
午後九時を過ぎ、既に営業を終えた喫茶店《リーベル》の店内で、竜堂佐貴が唯一の従業員である秋重と、後片づけの作業をしていた時のことだった。
「何だ?」
カウンターの中で伝票の整理をしていた佐貴は、入り口のほうに顔を向ける。
喫茶店のマスターというと渋い中年男を想像されるのか、二十五歳の佐貴はしばしばアルバイト店員に間違われる。いかにも今時の若者といった風貌で、金茶色に染めた髪がやや派手な印象を与えるのも原因のひとつかもしれない。
少し待ってみたが、再び音が鳴ることはなく、ドアが開かれる気配もなかった。
「拓海さんかもね」
布巾を片手に、同じく入り口のほうに顔を向けて秋重が言う。
ピンクのシュシュで束ねた長い前髪が彼の頭の上で揺れている。
佐貴よりふたつ年上の秋重は、見た目はのんびりとして何ともとらえどころのない感じだが、実際には何かと器用でこの店には欠かせない有能な人物だ。
昨日の夜あたりから、ちょっとしたことがあると秋重は「拓海さんかも」と口にする。
今日は七月十四日で、東京では昨日からお盆に入っていた。
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