1. 姿なき来訪者

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 拓海というのは四年前に事故でこの世を去った佐貴の叔父で、《リーベル》の先代マスターのことだ。  独身で子どももいなかった彼は、佐貴のことをとても可愛がってくれた。佐貴が《リーベル》を継ぐことを決めたのは、そんな叔父と叔父がつくったこの店が大好きだったからだ。  その想いは秋重も同じだろう。彼は叔父がマスターをしていた頃からこの店でアルバイトとして働いていた。なのでこの店に対する愛着は、むしろ佐貴よりも強いかもしれない。  お盆だからきっと、この店に帰ってきているはず。それは毎年佐貴たちが抱く願望だったが、残念ながらまだ一度も叔父の霊を見たことはない。  もっとも佐貴には霊感がないので、仮に帰ってきていたとしても、恐らく姿は見えないのだろうが。 「ちょっと見てくる」  布巾をカウンターの上に置き、秋重が入り口のドアのほうへ向かった。  たぶん何かがぶつかったのだろう。カランとドアベルが鳴る音を聞きながら、佐貴は手元の伝票に意識を戻す。  間もなくして再びドアベルが鳴り、秋重が戻ってきた。 「誰もいなかったし、ドアにも特に異状はなかったよ」 「そっか。ご苦労さん」  伝票に目を落としながら、佐貴は(こた)える。 「ただ、ドアの前にこんなものが置いてあった」  そう言って秋重がカウンターの上に置いたのは、茶色い紙袋だった。
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