夏の日は告白日和

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【就職決まったよ! 少し遠い場所だけど、やりたい仕事だったから嬉しい】   大学四年になる咲から、スマホにメッセージが送られてくる。  咲の就職先は、誰もが知る大手企業だけど、ここから車で四時間ほどかかる場所にある。  僕らはこの春から、遠距離恋愛になるのか。  内心嫌だと思いながらも、僕は返事を送った。 【おめでとう。いい会社じゃん。よかったな!】 【ありがとう。でもたっくん、遠距離イヤじゃない?】 【大丈夫。俺は浮気なんかしないし、咲のことも信じてる。自分の行きたい道を行きな】  我ながら格好つけたことを書いたと思う。  でもお互いの将来のためには仕方ないこと。ため息とともにスマホを置くと、虚しい音がこだました。  咲とは付き合って六年。付き合い始めのころみたいな熱い気持ちはないけど、咲以外の女を好きになるなんてありえないし、咲だってそう。だから大丈夫。自分に言い聞かせる。  僕と咲は、高校で同じ陸上部の先輩後輩だった。  咲はいつも笑顔で、一生懸命でキラキラしてて。成績も良く、陸上部でもエース。  草原を駆け抜ける馬のように姿勢よく軽やかに走る、そんな咲の清涼さが好きだった。  玉砕覚悟で告白したのは、入道雲が空の青さを引き立てる、夏の暑い盛りの日。  僕は成績も運動神経もさして良くはなかったが、こういう時の行動力だけはあった。  咲からしたら、ずいぶん突然だったと思う。無鉄砲で後先なんて考えていなかった。  でも僕が告白すると、咲は少し赤くなって小さく頷いてくれた。その時の制服の袖の白さは一生忘れないだろう。 「さて、行くか」  スマホを鞄の中へ放り投げ、僕も仕事場へ向かう。  彼女が就活で頑張っているその頃、僕は丁度社会人一年目。僕もまた、社会と言う名の広大な海で溺れないように必死でもがいていたのだ。  毎日電話をしてお互いの近況を報告しようと約束をし、僕らの遠距離恋愛は始まった。  *** 「すごいんだよ。パソコンとか電話とかがずらっと並んでて、こう社員証でピッとやると電源が入るの。先輩とか、みんなお洒落だし。覚えることも多いけど舞い上がっちゃって全然頭に入ってこない」  電話越しの嬉しそうな声。  僕は、目を細めて自分が新入社員だった頃を思い出す。  咲の会社とは規模が違うが、僕にもそんな風に新しい職場にワクワクしてあっという間に一日が過ぎていくような時期があったような気がする。 「じゃあ次の土日に」 「うん」  次に会う約束をすると電話を切る。  思ったよりも元気そうでよかった。  真新しいスーツ姿で働く咲の姿を想像する。咲の長い手足はスーツにきっと映えるだろう。  僕たちは土日のたびに会うようになった。  僕が咲の所へ行く日もあれば、咲が来てくれることもあった。大変だけれど、それなりに楽しかった。  今までと何も変わらない。これからもずっと。そう思っていた。  
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