二十八.聖夜を過ごす場所

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 皆がドーナツを食べ終わったタイミングで部活は終わりになった。思いがけず学校でドーナツを食べられた余韻で皆は一層楽しく学校を後にしたが清花の足取りは重かった。……あの日、学校で話題になったマルチ商法主催のパーティーが行われたのと同じホテルで吉澤麻里亜が取り乱した様子を見せた。これはただの偶然なのか? 麻里亜は誘われて行っただけで目的も趣旨も全く知らなかったのではないだろうか。だから逃げるようにして……だがそれなら山本の言う通り警察か消費生活センターに通報すれば良い。まさに中高生は被害者なのだから二者とも真摯に話を聴いてくれる筈だ。それに警察が見回りに出れば家の周囲に居た、という怪しげな人間たちをも一掃出来る。それなのに何故麻里亜は何の行動も起こさないのだろう。……そもそもそのパーティーは本当にマルチ商法イベントだったのだろうか?  びゅうう! と大きな風が吹いた。辛うじて残っていた枯葉が一斉に落ち、木枝が揺れ波立ってはその中で一際大きく、しかし一際脆かったので有ろう枝が折れて清花の眼の前に大きな音をたてて落ちて来た。清花は悲鳴をあげて駆け出した。落ちて来た枝に警告を感じたからだ。麻里亜にも品川プリンスホテルにも、これ以上関わったら清花にも恐ろしい災厄が降って来るやも知れない。枯れた枝が落ちるのは冬という季節が行う、来年の春に移ろうための現象だと知っているのに不吉という人間の(さが)を感じるのは良いものでは無い。清花はその不吉さを振り切るように家に着くまでの間、一度も足を止めなかった。  結局、二学期最後の日になっても麻里亜は学校に姿を見せなかった。誰も座らない椅子と机にはうっすらと埃が積もってそれが一層濃い陰翳を落としている。同級生はまるで麻里亜の欠席を通して平穏と平和を享受しているように気にも歯牙にもかけない。清花以外は。  体育館で全校集会が行われた後は成績表が配られ、冬休みにおける注意喚起が再度通告された。上坂先生は念入りだった。道を歩いて知らない人に声をかけられたらすぐに家族や学校、警察に相談して欲しい、イベントやセミナーの案内が来ても絶対に主催者に連絡をするな云々……清花は席の一番近い清香と視線を交わした。  「何か変じゃない?」と玄関口に向かいながら清香が言った。理香と綾奈は陸上部の集まりに出てから下校することになっていたので教室で年末年始の挨拶を交わした。  「私もそう思いますわ。それに他の学年ではあまり話をされていないみたいなんですの」  「何でウチの学年だけ……やっぱ」  「お〜い、源川さんと宮川さん助けて〜!」上坂先生の声に振り向いた清花はぎょっ、と眼を見開いた。顔よりも高く積まれた紙束やファイルが今にも崩れ落ちそうだ。清香の後を追いかけて慌てて支えると途端に清花の腕に重く雪崩れ込んで行く。流れでそのまま暖房の効いた職員室に入って行く。
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