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「二人ともありがとう。助かったよ」そう言って上坂先生は机の引き出しに常備しているらしいのど飴を二人の掌に乗せてくれた。
「まぁ、先生。宜しいのですか?」
「良いんだよ花、貰っておけば。先生、親切〜」上坂先生の代わりに答えた清香は早くものど飴を口の中に放り込んだ。清花も倣って口に含む。檸檬味だ。
「二人ともそれを舐め終えるまでは出るなよ。他の生徒に示しがつかんからな」と上坂先生の机の隣、数学教師で二年一組の担任で在る西先生が釘を刺す。しばらく二人は大人しく飴を舐め続けた。手持ち無沙汰になった清花は職員室を見渡した。中学校の職員室には初めて入ったが小学校のそれとあまり変わらない。教育機関で有ることには変わり無いから本質が同じだと似たような中身になるらしい。
「そうだ源川さん」
「は、はい」清花は噛み砕くにはまだ大き過ぎるのど飴を端に避けて返事をする。「何でしょうか?」
「歳上の人と付き合っているって本当?」舐めていた飴が口の中で停止する。からん、という音が消えて周囲の音が清花を凝視するように喧しくなる。飴はまだ口内にいるのに喉が詰まったように声が出ない。
「どうして、それを」そう答えるのがやっとだった。
「源川さん、目立つから。カレシが出来たって残念がる男子はとても多いし。それで、どうなの? 大学生って聞いたけど」最後の言葉は罠の仕上げだった。下校途中を呼び止められたのは偶然では無かった。
「先生、ストップストップ。花のカレシがヤバい人だったらウチらがすぐ分かりますよ。ねっ、花」と覗き込む清香の眼と清花のそれがかち合う。
しかし上坂先生は釈然としない表情をしている。「それはまぁ、そうなんだけど。どこで出会ったの?」
「は、母の勤め先です」言いながら背中を、暖房が効いた職員室で有るにも関わらず冷たい汗が流れる。『卯月』は赤坂では指折りの超高級料亭で大中小問わず学生が初めて逢う場所としてこれほど場違いな場所は無い。
案の定、上坂先生は苦く熟考する表情を見せる。「お母さんの勤め先って……それならお母さんはそのカレシを知っているってことで大丈夫?」
「は、はい。勿論ですわ先生」清花は最後の言葉から危なげな状況を打破させようと力強く答えた。
しかし上坂先生の表情はまだ険しい。捨てきれない、と言いたげな顔をしている。「じゃあ源川さんは大丈夫かな……でもカレシと話をしていて違和感を感じたり、『おかしいな』と思ったらすぐに周りの人に相談して欲しい。お母さんやわたしたちが嫌なら宮川さん達でも良いから。お願い」そう捲し立てる上坂先生の顔も言葉も真剣で、二人は何も返すことが出来なかった。逃げる様に職員室を出て行く時、先生達の視線が針の様に刺さる。どこまで聞いていたのか。得体の知れなさを感じる。色眼鏡が無い分、不気味だ。
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