漆黒のドレス

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 そのまま、ついに拓朗兄ちゃんの棺は閉じられ、ようやく火葬場に連れていくこととなった。俺は父さんに棺を持つよう指示されて、他の親戚の男性たちと共に持ち上げる。拓朗兄ちゃん、重いなあ。魂は無くなっちゃっても、あの二重腹は残ってるままだからね。  その間に、早百合さんが母さんと何やら話をしているのに気づいて、さりげなく聞き耳を立てる。 「だって、拓朗くんがあんな綺麗な指輪を持ってるなんておかしいじゃない? きっとご相手がいらっしゃったんだろうし、葬儀にも参列できなかったら可哀想だと思って。まあ、まさかこんな格好で現れるとは思わなかったけどねえ」  どうやら、早百合さんに連絡したのは母さんのようだった。誰よりもゴシップ好きな母さんは、きっと血眼で証拠を探して、早百合さんの存在をつきとめたに違いない。少し血の気が引くような話ではあるが。 「ご迷惑をおかけしました。それで……その指輪は、どうされたんですか?」 「え? そうねえ、私らも困ってたんだけど、まあ拓朗くんの骨壷の中にでも入れてあげようかってなって。あんなに大事そうに持ってたからさ」  その言葉を聞いた途端、早百合さんの声は、先程までの凛とした声色と打って変わって、琴が鳴るように、少し震えたような気がした。 「そうですか……よかったです」  俺が棺を車に運び終わり、母さんのもとに戻ってくる頃には、もう早百合さんはいなくなっていた。母さん曰く、火葬場までは着いてこないで、このまま帰られるのだそうだ。 「俺、ちょっと話に行ってくる!」 「あ、太一! これから火葬場に行くの分かってるよね!? 車が出発する頃には戻ってくるのよ!」  分かってると返事をすると、俺は駐車場に向かって駆け出した。なんとなく、早百合さんの真意を知りたかったのだ。何故、葬儀場にあんな漆黒のドレスで現れて、そして拓朗兄ちゃんに、あんな純白のタキシードを着せたのか。  幸い、早百合さんはあのドレスだからか、そんな遠くまでは行っていなかった。乗ってきたのだろう車の前に立つと、俺に気づいたのか、こちらを振り向いた。やはり綺麗だと、その振り向き方でも感じてしまう。 「……あなたが、太一くんね? 拓朗さんが、いつも話してらしたわ。実の弟みたいな、可愛い従兄弟がいるんだって。さっきは、こんな私を庇ってくれて、どうもありがとう」  そう笑う早百合さんは、やはりどこか物憂げであった。俺から目をそらすと、まるで自嘲するかのように、薄ら笑いで言う。 「……皆さん、拓朗さんがプロポーズに間に合わなかったと勘違いされてるようだけれど、実は私、あの人からもう指輪を受け取ってるのよ。事故にあってしまったのはその帰り。あれは、拓朗さん用の指輪だったのよ。本来なら、着けて帰るはずだったのだけれど、指が太すぎて入らなくて、もっと痩せてから着けるって言って、結局箱に入れて持ち帰っちゃったの。あの方らしいわよね」  確かに、拓朗兄ちゃんがしそうなことだ。場面を想像して、俺もつい薄ら笑いを浮かべてしまう。昨日みたいに泣き出すようなことはないけれど、それでもまだ、心の底から懐かしむようなことは出来そうになかった。きっと、それは彼女も同じなのだろうと、早百合さんの表情から察する。
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