漆黒のドレス

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 煙と灰の香りが、やたら鼻について回る。周りには、黒い服に身を包んだ親族たちが、俺を取り囲むようにして座っている。祭壇の一部の花を除き、ほとんどが白と黒で構成されたこの場所は、明確に死者と生者を分けているようで、魂を送り出す場所として、確かにふさわしいように感じさせる。  今は告別式の最中で、焼香をあげる時間だ。お坊さんがお経を唱えている間に、一人一人台の前に立ち、焼香をあげていく。それにより、普段は嗅ぐことがないような独特の香りが、部屋一面を満たしているのだ。  俺は昨日も行ったというのに、隣に座る弟と共に、親族たちが焼香をあげる様子をそわそわと眺めていた。正直、葬式というのには慣れていなくて、礼儀作法にも詳しくない。間違えなんてしたら、それこそ故人に失礼だ。だから、こうして相手の挙動を見ては、正しい作法が何か把握しようとしているのだ。 「おい太一(たいち)、次お前の番だぞ」  そう近くの従兄弟に言われ、俺はハッとして立ち上がる。弟と共に、他の親族たちにお辞儀をしながら、焼香台の前に立つ。その目の前には、すぐに遺体の収まった棺がある。俺は胸の内で、言い表せない何かがこみあげるのを感じながら、焼香をあげると、「彼」に向けて、手をあわせ目を閉じた。  俺には、拓朗(たくろう)兄ちゃんという、13歳年上の従兄弟がいた。母方の兄の長男坊で、俺が幼い頃から、ずっと自分のことを実の弟のように可愛がってくれていた。正直、腹も二段になりかけるくらい太ってて、顔もイケてるとは言えなかったけど、それでも誰よりも正義感があって、優しくて、面白い、俺にとっては自慢で大好きな「兄ちゃん」だった。  それなのに、拓朗兄ちゃんは、交通事故にあって亡くなってしまった。人はこんなにもあっけなく死んでしまう脆い存在なのだと、俺は身をもって痛感した。正直、すぐには受け入れられなくて、昨日のお通夜もずっと泣きっぱなしだったけれど、不思議と今日は、落ち着いた心持ちで式に参加することができていた。拓朗兄ちゃんの死を受け入れ、送り出そうという気持ちの方が大きくなっているのかもしれない。  焼香をあげ終わり、席に戻ると、親戚のおばちゃんやおじちゃんたちが、ヒソヒソといろいろ話をしているのが見えた。昨日からずっとあんな調子だ。弟が「葬式なのになんで静かにできねえんだよ」と隣で文句を言っている。正直言うと、俺も弟と同意見だ。  だが、同時に仕方ないような気もしていた。というのも、拓朗兄ちゃんの死には、いろいろと不可解な点があったのだ。何故休日にも関わらずスーツを着ていたのか、とか、何故遺品のバックの中に、ケースに入った指輪があったのか、だとか。拓朗兄ちゃんの会社の同僚さんも、昨日は出席していたけれど、彼らも特に事情は知らないそうだった。  だから、親戚の間では、「拓朗には実は想い人がいて、事故にあった日は、向こうの親に挨拶に行く予定だったのでは」と、もっぱらの噂なのだ。誰も真相を知らないし、死人に口なしとはよく言ったもんだから、結局話だけが広がっていってしまっているのだけれど。  こうしてゴシップ好きの親戚たちの食いものにされている拓朗兄ちゃんのことを考えたら、俺は少しの苛立ちと、確かなやるせなさをひっそりと感じた。
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