漆黒のドレス

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 皆が焼香をあげ終わり、やがてお坊さんのお経も終わりを迎えると、いよいよ拓朗兄ちゃんとのお別れの時間だ。皆、葬儀場の人に手渡される花を、思い思いに拓朗兄ちゃんの周りに飾っては、それぞれの言葉をかけていく。みるみるうちに拓朗兄ちゃんは花で埋め尽くされ、それを見て、なんだか拓朗兄ちゃんが、拓朗兄ちゃんではないまた別の存在に生まれ変わったような心地がした。  あとはこのまま、棺を閉じて、火葬場へと連れていくだけだ。葬儀場の人が最後の確認をし、その蓋を閉じようとしたその時、その場にいた全員が、突如背後に目線を向け釘付けとなった。俺は怪訝に思い、その視線に従って後ろを振り向く。そうして、自分も思わず目を疑い、同時に息を飲んだ。  そこには黒いドレスに身を包んだ、一人の美しい女性が立っていた。まるで、ドラマや映画のワンシーンから抜き出てきたのかと思わせるくらい、違和感の無い出で立ちで。  白く細い透明感のある面長な顔に、すっと伸びた鼻筋。切れ長な瞳には、長いまつ毛が影を落とし、その薄い唇は、口紅で深紅に染められている。長く黒い艶やかな髪は、高い位置でまとめられており、それにより彼女の体の細さと白さを、更にきわだたせている。どこをとっても、雅だとか、大和撫子だとか、そういった類の言葉が似合う人だった。  親戚中が顔を見合わせる。誰かあの女性を知らないのか。そんな疑問を皆目線で送りあっているようだが、一人として首を縦に動かすものなどいない。そもそも、拓朗兄ちゃんの知り合いで、あんなべっぴんさんがいたのかと、そこから皆驚いているようだ。  俺も、最初は見当もつかなかった。だが、そういえばと、はっきりと思い出せたわけではないが、もしかしたら、と思う記憶がふと蘇った。  何年前か忘れてしまったが、そこまで昔でもない日。その時に、俺は拓朗兄ちゃんに、とある写真を見せられたのだ。 『早百合(さゆり)ちゃんっていうんだよ。超可愛くない!? もーずっと好きなんけどさ、中々告白できなくて困ってるんだよね』 『なんで? 彼氏がいるわけでもないんでしょ?』 『そうだけどさあ……5歳も下の子だし、しきたりある家庭の出らしくてさ、おまけにこの顔じゃん? 俺なんかが告白しても……って思っちゃうんだよ。だから、恥ずかしくて誰にも話してないんだ。でも、太一には話そうと思った。こうして太一に話したら、いよいよ告白せざるを得なくなるだろ? お前は秘密が守れるやつって分かってるしな。このこと、誰にも言うなよ?』  もしかしたら、あの人が早百合さんなのかもしれない。じゃあ、拓朗兄ちゃんの告白は、成功したということなのだろうか。それとも、結局恋人にはなれなくて、ただ最後の別れをしに来てくれただけなのだろうか。  いや、そんなわけじゃない気がする。だって、拓朗兄ちゃんは、死ぬ間際まで大事に指輪をケースに入れて持っていた。それに、早百合さんの格好は、どこからどう見ても、まさにウェディングドレスを黒くしたような、そんな豪華な格好にしか見えなかったのだ。まるで、葬式にではなく、拓朗兄ちゃんとの結婚式に現れたのだと言わんばかりに。
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