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じゃあ、もしかして、親戚たちの噂も、あながち間違いではなかったのだろうか? そんな自分の疑問に答えてくれる人も、今はいない。皆、呆然として、ドレスの裾をずらしながらも、毅然としてこちらを向かってくる早百合さんを眺めている。
彼女はドレスの裾を片手で持ち上げ、片手で折りたたまれた白い布のようなものを持つと、静かにきれいな所作で、そのまま、葬儀場の方に、布を広げて差し出した。
「あの……恥を忍んで申し上げるのですが、これも遺愛品として、棺にお収めいただくことは可能でしょうか」
差し出されたそれは、純白のタキシードだった。サイズも、生きていれば拓朗兄ちゃんが着ていたかもしれないと想像させるくらい、ピッタリのもの。
親戚中がざわめき立ち、異様なものを見るような目つきで、早百合さんのことを眺めている。そもそも、早百合さんの存在自体誰も知らないのだ。状況を飲み込めず、困惑しても仕方ないだろう。
葬儀場の人も、少し困った様子で返事を図りかねているようだった。大抵棺に収める遺愛品は、事前に葬儀場の人に相談したうえで収めるものだし、万が一金属類などが混じっていたら、火葬した際に遺骨と混じって残ってしまう。そういった点も考慮したら、そう簡単に引き取ることは出来ないのだろう。
「おいお前、一体誰なんだ。ここは拓朗を送り出すための神聖な場だぞ! 余所者が、そんなわけの分からんものを、勝手に棺に入れることを許されるはずないだろう! しかも、そんなヘンテコな格好で! 失礼だとは思わんのかね!?」
ここに来て、ついに母方のおじいちゃんがそう異論を唱えた。確かに、おじいちゃんからすれば、大切な孫の葬式に突然現れた乱入者にしか見えないだろう。早百合さんを非難してしまうのも、仕方ないような気がした。
それでも早百合さんは、たじろぐ様子も見せず、真っ直ぐと前を見すえて立っている。そんな早百合さんを見て、ふと俺も、拓朗兄ちゃんに、あのタキシードを着せてやりたいと思った。何故だか分からないけれど、拓朗兄ちゃんもそれを望んでいるように思えたから。
「俺からもお願いします!」
そう葬儀場の人に向け頭を下げると、父さんが驚いたように「太一!?」とこちらを向いた。
「きっと、拓朗兄ちゃんは、この人にプロポーズをして、結婚式もあげたかったはず! 拓朗兄ちゃんがタキシードを着れるのは、彼女さんにこんな綺麗なドレスを着せてあげられるのは、たぶん今日が最初で最後なんです! だからお願いします!」
俺のそんな言葉に、おじいちゃんは益々憤慨して、「太一! お前までそんなわけ分からぬことを……!!」と怒鳴り出しそうな勢いだったが、母さんが「まあまあ」とそれをなだめた。
「太一の言う通りなんじゃない? お父さん。皆さんだって不思議に思ってたでしょう、拓朗くんが指輪を持っていた謎。いろいろと考えていったら、きっと太一の言う通りになるのよ。なんで太一がこの方を知っているのかは存じ上げませんが。太一がここまで言うなら、信じてあげてもいいんじゃないかしら? だから、私からもお願いします」
そうして母さんにまで後押しされてしまった葬儀場の人は、仕方なく早百合さんからタキシードを受け取るに至った。拓朗兄ちゃんの体の上にかけるようにして、それを着せてやる。
そうして、拓朗兄ちゃんの白装束は、純白のタキシードになった。
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