漆黒のドレス

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「……本当は、結婚式も挙げたいねって話もしていたのよ。拓朗さんは恥ずかしがり屋だから、最期まで誰にも私の事を話すことは無かったみたいだけれど、それでも皆を呼んで、それで私に綺麗なドレスを着せてやりたいって。そう言ってくれたの」  再び早百合さんがこちらを向いて微笑み、風が彼女の黒いドレスを静かにはためかせた時、俺はなんとなくだが、彼女の真意を悟ってしまった。そして初めて、拓朗兄ちゃんを酷い男だと思ってしまった。こんな彼女を一人残して、あの世に逝ってしまった、拓朗兄ちゃんのことを。 「だからこれは、私なりの結婚式なのよ。どんなに滅茶苦茶でも、他人に理解されずとも、これが私の結婚式なの。拓郎さんへの、永遠の愛の誓いなの。だから……拓郎さんが、あの指輪をつけてあの世に逝くのだと聞いて安心したわ。あの人が指輪をつけてくれている限り、私もこの指輪を外すことはしないって、そう決めたから」  拓朗兄ちゃんは、本当は早百合さんに、こんな漆黒のドレスではなくて、皆が心の底から賞賛したくなるような、素敵な純白のドレスを着せてやるべきだったんだ。そして、拓朗兄ちゃんは、白いタキシードなんて着ないで、彼女の美しさを際立たせるような色を身にまとって、彼女の手をとってあげるべきだったんだ。そうして、自分から、永遠の愛を誓うべきだったんだ。  なんで、拓朗兄ちゃんは、最後の最後に、こんな大きな愛を置いていってしまったんだ。きっと、早百合さんはこれからもきっと、拓朗兄ちゃんの愛の中で生き続ける。ずっと、拓朗兄ちゃんに想いを馳せたまま生きていくことになるんだ。拓朗兄ちゃんは、本当にそれを知った上で、彼女にプロポーズしたっていうのか。そういうわけじゃないんだろ。だとしたら、こんなひどい話ったら無いじゃないか。 「……私はもう行くわ。太一くんも、早く戻って、拓朗さんを見送ってあげて」  だが、何故だろう。それでも俺には、目の前の彼女が、不幸な女性には見えなかった。例え、理不尽な現実に打ちのめされても、誰にも理解されずとも、彼女は、彼女なりの幸せな人生を選びとったのだと、何故だか感じてしまったのだ。  目の前の彼女は、今まで出会ってきた中で誰よりも、高貴で美しい。そう感じてしまった。  その後、火葬場にて、拓朗兄ちゃんは、遂にその肉体すらも失った。あんなにふくよかだったのに、骨だけになったらこんなに細くなってしまうなんて。なんだか少し、皮肉に感じる。  皆で箸で骨を壺の中に入れ、最後に葬儀場の人が、遺族の意向であの指輪を骨壷に収めた時、そこで初めて、早百合さんと拓朗兄ちゃんは結ばれたのだと感じた。  きっと早百合さんは、これからどんな出会いがあろうとも、ずっとあの指輪を着け続け、一つの愛を貫き続けるだろうと、俺は思った。  まるで、周りの誰も寄せつけず、孤高に気高く、美しく咲き続ける、一輪の黒百合のように。  それが早百合さんなりの、呪いにも似た、永遠の愛の誓いなのだから。
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