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「酷い雨だね」
憂いを帯びた声でヤコは言う。
「そうだね」
と由芽は同意しつつ、ヤコを観察する。
ブラウスもスカートも、背中の中ほどまである長い黒髪もぐっしょりと濡れていた。毛先からは由芽と同じように水滴が垂れている。
「あなたも、雨宿り?」
「うん」
おずおずと尋ねた由芽の問いに、ヤコは即答した。
由芽は再び寒気を感じて、身を震わせる。その様子を見ていたヤコは目を細めて、
「もっとこっちへ来なよ。寄り添ったほうがあったまるでしょ」
と手招きする。
由芽がヤコのほうへ近づくと、すっとヤコは由芽の手を握った。
「ほら、こんなに冷えてる」
ヤコの手のほうが冷たい、と由芽は思った。
突然強い光が差し、次いで轟音が響く。あまりにも近い雷に由芽は思わず悲鳴を上げ、握る手に力を込めた。
「大丈夫?雷が怖いの?」
ヤコが由芽の顔を覗き込む。吐息が頬をくすぐった。
「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
由芽ははにかむ。
ヤコの顔を近くで見て、きれいだなと由芽は思った。同時に、近所にこんな子がいただろうかと訝しむ。
「ヤコは、この辺に住んでいるの?」
「ううん。私はね、家を追い出されたの」
「えっ」と由芽は声を漏らす。まだ自分と同じくらいの年齢なのに、追い出すなんて。
「家に入れてくださいって何度も訴えたけど、無視されて。最後には石を投げられたの」
ヤコは顔を伏せた。黒い髪が顔を覆う。
由芽はヤコに同情の眼差しを向けた。
「それは……酷いね」
「そう思う?」
「だって、家族でしょう?それなのにそんな仕打ち、酷いよ」
「そうだね。本当に、そう」
ヤコは肩を震わせる。表情は長い髪に隠されて見ることができない。
泣いているのかな、と由芽がヤコの正面に回り、左肩にそっと手を置いた。
ヤコはその手を左手で強く握る。痛いくらいに。
「家を追い出されてからは休める場所を探して歩いて……夕方になって、雷が鳴り始めて。それからすぐに土砂降りになった。どうにか雨宿りできる場所を見つけたけれど、全身ぐっしょりになって。夏だったけれど、寒くて寒くて……」
「うん……」
「ねえ、私、今も寒いの」
そう言ってヤコは由芽に抱き着く。由芽もヤコの背に腕を回す。濡れた髪、濡れた背中は、酷く冷たく感じた。
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